Bless The Boys! ~One Week Later~
Version T : Athrun Side





「――おいっ!」
 不機嫌そうな声が頭の上から降りかかった。
「――ん……?」
 アスランは重い瞼を上げた。
 まだぼんやりと眠そうな目が、無邪気にイザークを見上げる。
 そんな彼が何だかいつもよりずっと幼く見えて、イザークは少し戸惑いを覚えた。
 しかし、すぐに彼はそんな曖昧な感情を心の外へ追い払った。
 見下ろす視線をわざと強める。
「いつまで、寝ているつもりだ。貴様ッ!」
 怒鳴りつける声は、必要以上にぶっきらぼうになっていた。
 アスランは眉間に皺を寄せた。
「わめくなよ。頭に響く……」
 昨夜は久しぶりにワインをしこたま飲まされ、すっかり酔いつぶれてしまった。
 新年のカウントダウンも終わらぬうちに、ベッドに頭から倒れ込み、そのまま……後の記憶はない。
 ――ああ、もう夜が明けちまったんだな。
 アスランは溜め息を吐いた。
 年が明け、今日が最後の休日だ。
 今日で、ここを去らねばならないのだ。
(くそ……ディアッカの奴……)
 昨夜ディアッカが乱入したお陰で、イザークと過ごす最後の夜が台無しになった。そう思うと恨み言の一つも言いたくなる。
 アスランは二日酔いの鈍い痛みの走る頭を片手で抑えながら、ゆっくりと半身を起こした。
 
 
 クリスマスをイザークの母の家であんな風に過ごした後、アスランはそのままイザークについて、彼の住むコンパートメントに転がり込んだ。
 そして、そこでさらに数日間を共に過ごした。
 外へ出たのは、買い物に行った一回きりくらいで、あとはずっと部屋の中で、朝から晩までキスしたり触れ合ったりして過ごしたような気がする。
 イザークは相変わらず不機嫌そうな顔で、絡みついてくるアスランに、「いい加減にしろ!」と時に怒鳴りつけながらも、実際には本気で抵抗することもなく、求められると割と素直に体を開いて相手を受け容れた。
 クリスマスの夜の、あの双方にとって肉体的にも精神的にも少々痛すぎた接合を経た後は、二人の体はもはやさしたる問題もなく、むしろこれまでにないくらいスムーズに繋がることができた。
 体は驚くほど素早く順応した。そしていったん互いの体を合わせる心地よさに慣れると、もういっときも離れていることができないくらい、心も体も飽くことのない欲望の中に溺れていた。
 一週間が過ぎるのはあっという間だった。
 気が付けば、もうプラントを離れなければならない日がすぐそこまで迫っていた。
 イザークと、別れる日がやってくる。
 そのことを思うと、アスランの心は自ずと暗く沈んだ。
 ついこの間まで、イザークがいなくても大丈夫だったはずなのに。
 こうして会って一緒に過ごすと、やっぱりダメだ。
 離れるのが、辛くて苦しくて仕方なくなる。
(俺は、ダメだな……)
 そう自嘲するように胸の内でそっと呟く。
 ――帰りたくない。
 そんな思いが日を追うごとに強くなる。
 そして、思いとは裏腹に、時間は容赦なく流れていく。
 あと、少し……。一緒にいられる時間がだんだん少なくなる。
 だから、いっときも離したくない。……イザークが嫌な顔をしようがどれだけ怒鳴り散らそうが、お構いなしに彼はイザークを抱いた。
 自分でも節操がないなと思わないでもなかったが、どうしても自制できなかった。
 そして、最後の夜……。
 昨夜、再びディアッカが両手に抱えきれないほどのワインボトルを持って現れ、新年のカウントダウンパーティーをしようと言い出すまでは、アスランはイザークと最後の夜を思う存分堪能しようと思っていた。
 それなのに……。
 ディアッカの闖入は、アスランにとっては邪魔以外の何ものでもなかった。
 しかし、イザークはぶつぶつ言いながらも、意外にあっさりとディアッカを家に招き入れた。
(何で帰れと言わないんだよっ!)
 アスランは内心むっとした。
 イザークの性格なら、『カウントダウン?馬鹿馬鹿しい。そんなバカ騒ぎは結構だ』くらいのことは簡単に言えただろうに。……何で今日はそんなに物分かりがいいんだよ。
 嫌味の一つでも言ってやろうかと思いながらも、親しげにアスランの肩を叩いて話しかけてくるディアッカを見ていると、だんだんそんな暗い気分も消え失せた。
 ――ま、いいか。
 彼も大切な友人で、何やかや言いながら、結局自分のことを大切に思ってくれていることには変わりなくて……。
(仕方ないなあ)
 結局、夜通し三人でカウントダウンをすることになった。
 不覚にも酔いつぶれてしまったのは、自分の責任だ。
 本当に、仕方ない。
 アスランはさっきから、既に何度目になるかわからない重い溜め息を吐き出した。
「とにかく、さっさとそこから起きろ。今日でおまえ、帰るんだろうが。のろのろするな!」
イザークの口から出たその『帰る』という言葉がずしりと胸に響いた。
(嫌だ……)
 激しい忌避感に捉われ、アスランはぎゅっと瞳を閉じた。
 子供っぽい感情だとはわかっている。でも……なぜか、今はその現実を受け止めるのが、ひどく辛かった。
「……イザーク。俺、帰りたくない」
 ぼそりと呟くアスランの言葉に、イザークは、はあ?と目を瞠った。
「何言ってんだ、おまえ?」
 呆れたようにまじまじと見返すイザークに、アスランは小さな子供が拗ねたような表情を向けた。
「……アスラン……?」
 どきん、と胸が波立つ。
 イザークは舌打ちした。
(くそっ……!柄にもない顔しやがって)
 相手の顔を見て動揺しかけた自分を打ち消すように、彼は慌てて口を開いた。
「……なっ、何急にガキみたいなこと言ってんだ。寝呆けてるのか、貴様はっ!」
「――イザーク、キスしよう」
 イザークの言葉も無視して、アスランはそう言うと、相手の腕を掴み、有無を言わせず自分の方へ引き寄せた。
「……って、何だ、いきなり!――こ、こらっ!」
 次の瞬間には二人は鼻の先が触れ合うほど、顔を接近させていた。
「アスラ――」
 アスランの唇に阻まれ、イザークの言葉は途中でかき消えた。
「……ん……ッ……!」
 強く唇を貪られ、息苦しさに涙を滲ませるイザークの顔を見て、アスランはますます興奮を高めた。
(イザーク……ッ……!)
 ――好きだ。放したくない。
「――朝っぱらから何やってるわけ?」
 不意にかけられた淡白な声が二人の行為に水を差した。
 無理に唇を離したイザークの頬が忽ち恥ずかしさにかっと赤くなる。
「じゃっ、じゃあ、早く来いよっ!メシ、できてんだからなっ!」
 早口で捲し立てると、ディアッカの横をすり抜けて素早く部屋から出て行った。
「ディアッカ!……おまえ、まだいたのかよ」
 扉口に佇む金髪の背の高い姿を見て、アスランが心外そうに声をかけると、ディアッカは気分を害したように唇を尖らせた。
「悪いかよ。カウントダウンして、すぐに帰れるかっての」
 言われればそれも当然のことで、ついさっきまでまだ彼がここにいるということに全く思い至らなかった自分が間抜けのように思えた。
「何だよ。俺がジャマだってか?」
「な、何もそんなこと、言ってないだろ!」
「言ってなくてもわかんだよ。……ったく、露骨にやな顔しやがって」
 ディアッカはつかつかとベッドの傍まで近づいてくると、桟に手を置き、身を屈めてアスランを見下ろした。
「クリスマスから、さんざんべったりしてたんだろうが?まだ、足んねーのかよ!」
 紫色の瞳にからかうような光が瞬いた。
「何なら、最後の記念に3Pでもやって帰る?」
「なっ……!」
 抗議するような声を上げながらも、いつか三人で交わった光景を思い出し、アスランは自ずと頬を火照らせた。
「……って、冗談だよ。マジになんなよ、バーカ」
 ディアッカはそう言うと、ベッドの上にどかっと腰を下ろした。
「……昨夜(ゆうべ)、さ……」
 ぽつりと呟くディアッカに、アスランは訝るような視線を向けた。
「あいつ、抱いちまおうと思ったんだけど、ダメだった」
 ディアッカはさらりと言ってのけると、アスランを見て笑った。
「おまえ――」
 アスランは言葉に詰まった。
 ディアッカが切り出すまで、実は一番気にかかっていたことだった。
 自分が酔いつぶれた後……ひょっとしたら……と。
 飄々としながらもどこか寂しげなディアッカの笑顔を見ると、微かな罪悪感を覚えた。
「やっぱ、おまえが帰ってくるとダメだわ、うちの隊長さんは!」
 ディアッカは肩を竦めた。
「……で、今度はいつ帰ってくんの?」
「ん――」
 アスランは首を傾げた。
 今度……か。
 そんなこと、あんまり考えてなかったな。
「また帰ってこいよ。俺ら、待ってっからさ」
 ディアッカはにやりと笑った。
「言っとくけどさ。俺もおまえ、好きだから。イザークのこと、抜きにしてな。イザークを取られるのが嫌だから、おまえに帰ってくるな、なんてせこいことは言わねーよ。だから――帰って来いよ。いつだって、歓迎すっからさ!」
 アスランは瞬いた。
 何だか、目の奥がじんと熱くなる。
 ――帰って来いよ。
 そんな一言が、こんなにも嬉しく心に響く。
「……心配しなくても朝飯食ったら、お邪魔虫は退散すっからさ」
 ディアッカは白い歯を剥くと、立ち上がった。
 軽く伸びをする。
「――な、次はマジで3Pしよーぜ!」
 そう言うと、ディアッカは笑いながら軽く片目を瞑ってみせた。
「バーカ……!」
 アスランも、つられて思わず笑った。
 出て行く背中を見送りながら、でも、それも悪くないかも……などと悪戯な声が囁く。
 結局、俺たち、腐れ縁で……
 この関係はこれからもずっと続いていくんだろうな、と思う。
 彼は軽く息を吐いた。
 いつの間にか、こんなに心が軽くなっているのが不思議だった。
 机の上のデジタルクロックに目をやる。
(シャトルの時刻は……何時だったかな)
 頭の中で軽く計算し、窓辺を眺めた。
 差し込む陽光に目を細め、微笑む。
 ――まだ、時間はある。
 まずは朝食を済ませるか。
 彼はゆっくりとベッドから足を下ろした。
                                         (Fin)

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