Bless The Boys! ~One Week Later~
Version U : Dearka Side






「……3・2・1――」
 カウントダウンが終わると同時に、ディアッカはパアーン!と勢いよく、シャンパンの栓を引き抜いた。
「ハッピーニューイヤー!」
 泡を吹きながら降りかかってくる液体を避けようとするイザークの体を片手で引き寄せ、ぎゅうっと抱き締める。
「おい、こら。やめろっ……!」
 露骨に嫌そうな顔をしながら、もがくイザークを見て、ディアッカは気持ちよさそうに笑った。
「なあーんだよおー、新しい年になったばっかなのに、ぶすっとした顔しちゃってさあ……そんなんじゃ、幸運が逃げちまうぞ。ほら、もっと景気のいい面(ツラ)しろよ!」
「……いって……っ……!――とにかく、放せって!」
 ぎゅうぎゅうと締めつけるディアッカの腕から何とか身をもぎ離すと、ようやくイザークは肩で息を吐いた。
改めて、じろりと相手を睨めつける。
「ディアッカっ!貴様、飲みすぎだぞ!」
「あっれー?そんなに飲んでねーよ、オレ……」
 とろんとした瞳で見返すディアッカの顔は、すっかり上気し、赤くなっている。普段以上に酔っ払っていることは見た目に明らかだった。
 イザークはふんと鼻を鳴らした。
「飲んでるだろうが!さっきから、一人でボトル空にしてるだろうっ!もう、いい加減にしろよっ!……アスランまであんなに酔い潰しちまいやがって……!」
「なあーんだよ、アスランが先に寝ちまったから、怒ってんの?」
 不満そうに口を尖らせてそう言うと、ディアッカはイザークを再び捕まえた。
「ちょっ……やめろって……!」
 抗うイザークの声も無視して、顔をぐっと近づける。
「オレのこと、心配してんじゃねーんだ!」
 どことなく拗ねた口調になった。
「……ったく、ひっでー奴だよなー、おまえって!」
 迫ってくるディアッカの顔を押し返そうとするその両手をぐいと掴む。ディアッカの手から離れたシャンパンのボトルが床に転がり落ちていく。忽ちこぼれた液体が絨毯に染み込んでいくのを視界の隅に捉え、イザークはちっと舌打ちをした。
「くそっ……!床が……っ」
 ――高級絨毯に染みがついたら、どうする!
 転がる瓶を取り上げて、これ以上の被害を防ぎたかったが、相手にしっかりと両手を捕捉されていて身動きのしようがない。
「おいおい、どこ見てんだよ、お姫さま!」
 よそ見をしている間に、ぐいっとさらに強く引き寄せられたかと思うと、からかうような声が耳元を撫でた。吐き出される息が酒臭くて、イザークは顔をしかめた。
(くそ……この、酔っ払い……っ……!)
「ちゃんと、こっち見ろよ」
 体がぴたりと密着し、相手の顔がすぐ間近に迫っている。
「おい、ディアッカ!いい加減にしろっ!」
 イザークはわめいた。手を振り解こうとするが、相手の力が強すぎてどうにもならない。
「何のつもりか知らんが――」
「わかってるくせに、とぼけんなよ」
 にやりと笑う相手に、いきなり唇を押しつけられた。
「……ん……っ……!」
 その強引なキスに、イザークはしばし動きを封じられた。
 差し込まれる舌が遠慮なく歯列を割り、逃げようとする舌をたやすく捉え、強く吸い上げる。呼吸すらままならぬ、その痛いほど荒々しい接吻に、たまらずイザークの目尻に生理的な涙が滲む。唾液が顎の端を伝い、こぼれ落ちていく。
(正気か、こいつ……っ……!)
 そっちこそ、新年から何をする気だ!と、泣きたい気分になった。こんな年中発情期のような奴と二人で過ごす新年を、にこにこと穏やかに笑って迎えられるわけがない。心の底から、腹が立った。
(くそっ……アスランの奴……!)
 大体、あいつがだらしなく簡単に酔いつぶれてしまうのが、いけない。
(ちょっと多く飲まされたくらいで、何だ!情けない奴め!)
 自分は酒に弱いことを棚に上げて、イザークは今はこの場にいない相手を詰った。
 しかし、アスランがあんなに酔いつぶれたところを今まで見たことがない。多少酔わされたとしても、あまり顔には出さない方だった。あんなに簡単に倒れてしまうような奴ではなかったはずだが。
 そう思うと、ふと気になった。
 ――あいつ……何であんなに弱くなっちまったんだろうな。
 あんなに、弱く……。
 ただ、酒に弱くなったというだけじゃなくて……。
 何だかいつものあいつらしく、ない。
 ――突然、唇が離れた。
「なーに、考えてんの?」
 紫色の瞳が心の奥まで見透かすように、じっとこちらを覗き込んでいた。
「……『助けてー、アスラン!』――ってか?」
 そのいかにも馬鹿にしたような口調に、イザークはかちんときた。
「ディアッカっ!」
「何だよ。今さら俺とじゃできねーなんて言うなよな。アスランのいないときは、やらせてくれてたじゃん。すぐ足開いちゃったりしてさー」
「なっ……!げっ、下品なこと、言うなっ!」
「ほんとのことだろ」
 ディアッカの眼差しが強くなった。
 どん、と胸を強く押されたかと思うとすぐ傍のソファーに仰向けに倒れ込んでいた。
 身を起こそうとする前に、上からディアッカが乗りかかり、体ごと四肢を押さえつけられた。
 酔っ払っているくせに、力だけはやたら強くて、固定された手足はぴくとも動かせない。
「く……っ……!」
 イザークは悔しそうに唇を噛んだ。
 何で新年早々、こんな強姦まがいのことをされねばならないのか。
 恨めしげな青い瞳を見ていたディアッカはやがてふと小さな息を吐いた。
「何だよ。――それとも、なに?俺って、単にアスランの代用品だったわけ?アスランがいれば、俺なんか必要ねーって、そういうこと?」
 声がこころもち弱くなっている。
 寂しそうな翳りを帯びたその紫色の瞳を見上げると、イザークは少し動揺した。
「――ディアッカ……」
 すぐには言葉が出てこなかった。
 ――俺はおまえに何と言えば、いいんだ?
 これまで数え切れないくらい、同じ言葉を交わし続けてきたはずなのに。
 おまえはすぐ、そんな風に自分を貶めるようなことを言う。自分で自分を傷つけて……結局自分から俺を遠ざけていく。
 まだ、おまえには伝わらないのか。
 どう言えば、わかってくれる?
 今さら、こんな……。
「……俺は――おまえのことを、そんな風に思ったことは――ない」
 おまえのことをアスランの代わりだと思いながら、抱かれていたことなど、一度も……。
 それだったら、むしろ抱かれることを拒んでいただろう。
 おまえを、傷つけるくらいなら……。
 イザークは目を閉じた。
「――だから、そんなこと言うな……」
 アスランとおまえは、違う。
 アスランとおまえを同じように、愛せるわけがない。
 そんなこと、わかっているはずなのに。
(でも、これは俺の我儘なのかな……)
 押さえつける手の力が緩んだ。
「……悪かった」
 ディアッカはイザークの体から身を離すと、改めて相手の体をソファーから引き起こした。
「ごめんな。俺、どうかしてたわ。今の、忘れてくれ」
 自分も隣に腰を下ろすと、ディアッカは大きく息を吐いた。
「……なーんか、俺だけ仲間はずれって感じでさ。ちょっと、寂しかったのよ、俺!」
 ――アスランが来ている間は、ちょっとくらい奴に譲ってやろうと思ったつもりだったのに、さ。
 その『ちょっと』でさえ、苦しくなる。
 ディアッカは苦笑した。
「バカだねー、俺も。アスランに勝てるわけねーのにな」
 ――わかってるんだ。おまえの一番が、誰かなんて。そんなこと、聞かれるまでもない。
「……ほんとに馬鹿だぞ、貴様は」
 イザークは前を見たまま、憮然と呟いた。
「だから、自分でそう言ってるじゃんか」
 ディアッカはそう言うと、イザークの肩に手を置いた。
 ぴくんと震える相手の体の動きが伝わると、彼は笑った。
「もう何もしねーよ」
 ただ……
 銀色の髪に手をかけ、そっとこちらに顔を向かせる。
 目と目が合う。
 澄んだ青い瞳を見ると、やはり胸が疼く。
「なあ。ちょっとだけ、いーだろ?……もう一回だけ……キスくらい、やり直させてよ」
 新年なんだから、さ。
 瞬く青い瞳を前に、照れたような笑みを浮かべる。
 イザークはしばらく何も答えず、じっと相手を見返していたが、やがて静かに視線を落とした。
「……好きにしろ」
 ぶっきらぼうに、小さく呟く。
 そんな彼に向かって、ディアッカはにっこり微笑み、今度はゆっくりと唇を寄せた。
 そっと触れ合う唇の先からこぼれる言葉が、魔法のように響く。
「ハッピーニューイヤー……」
 それはイザークの耳には、なぜか『アイ・ラブ・ユー』と言っているように聞こえた。
 彼は僅かに頬を染めた。
(ディアッカの馬鹿が……ッ……)
 もっとも、そんな馬鹿を受け容れてしまう自分もそれ以上の馬鹿なのかもしれないが。
 そう思うといつの間にか口元が綻んでいた。イザークは僅かに微笑みながら、瞼を閉じた。
 相手の唇が重なる。
 優しく交わされたキスは、切なくほろ苦い香りを伴いながら……それでもほんの少しだけ、甘い味がした。
                                            (Fin)

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