思 慕 (・・・アスラン・・・) イザークは、動揺していた。 久し振りに聞いた、あいつの声。 相変わらず、落ち着いた口調であれこれと偉そうに人に指示を出す。 ・・・あのいかにも勘に障る優等生然としたところは、全然変わっていない。 またそれに剥きになって言い返してしまう自分も・・・。 (くそっ・・・!!) イザークは羞恥に頬を赤らめた。 ――俺は今はあの時とは違うんだ・・・。 あれから、2年・・・。 今、俺はジュール隊の隊長という地位にいる。 もう、あいつは隊長じゃない。 ――今は俺が、隊長なんだ・・・!! なのに・・・っ・・・!! 結局、命令しているのはあいつ・・・。 「ああ、クソッ・・・!!アスランの奴・・・!!」 こんなことで苛々するのはいかにも子供じみている。 それはわかってはいるのだが・・・ イザークの気持ちはどうにもおさまらない。 あいつが傍にいると、どうしても対抗意識が生じてしまうのだ。 『対抗意識』・・・? ――いや・・・本当にそれだけだったろうか・・・。 (・・・相変わらずだな、イザーク) ・・・あいつはさらりとそう言った。 いかにも何でもないことのように・・・。 まるで昨日までずっと一緒にいた者に投げかけるかのような、気の置けない声のかけ方だった。 柔らかな語調。 アスランのあの憂いを帯びた微笑が目の前をちらついた。 (・・・イザーク・・・) (・・・イザーク・・・俺は・・・) (・・・俺は、おまえを・・・) ・・・そんな風に、何度耳元で囁かれたかしれない。 そんなことを思い出して、イザークは懐かしさに一瞬言葉を失った。 (・・・おまえもな) 一瞬間を置いて、そう返したイザークの口調は驚くほど静かだった。 胸がいっぱいで、言葉が出てこなかった。 ただ・・・またこいつが近くにいる。 そう思っただけで妙に胸が熱くなった。 2年間・・・どこか満ち足りなかったこの心の空白が、今、彼の声を聞いただけで、どんどん充足感に包まれていくのがわかる。 ――こんなに、俺はこいつのことを求めていたのだろうか・・・。 我ながら愕然となった。 (・・・アスラン・・・) この2年間、ずっと胸の奥にしまっていた思いが、突然堰を切ったように溢れ出す。 ――戻って・・・来い・・・! ――俺のところに戻って来い・・・アスラン・・・!! あの短い戦闘の間に・・・イザークの心はすっかりアスランでいっぱいになってしまった。 自分でも情けないとは思いながらも・・・イザークは募る思いを止めることができなかった。 帰還してコクピットから出た瞬間、隣りに降り立ったディアッカと目が合った。 「・・・しっかし、驚いたよな――!まさかこんなところで奴に会うなんてなあ・・・!」 ディアッカの口調は軽かったが、眼差しはどことなく鋭かった。 「・・・ああ。だが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。艦橋へ急ごう!」 イザークはそう言いながらも、相手の射るような視線から敢えて目をそむけた。 それだけで、ディアッカには十分わかったに違いない。 まだ、アスランはあそこに残っていた・・・。 大丈夫なのか・・・あいつは、一体あんなところで何をしていたのか・・・。 オーブの民間人になっているはずなのに、ザフトのMSに乗って・・・。 実際のところ、イザークの心の中はそんな思考ばかりが渦巻いていた。 彼は自分を戒めた。 ――馬鹿か、俺は・・・! こんなときに・・・ッ・・・! そして、相手が何も言わなかったにも関わらず、イザークはディアッカがどう感じているか大体想像がついた。 だから、ディアッカと二人きりで面と向かって会話をすることは何となく避けたかった。 イザークは慌しく艦橋に戻り、てきぱきと周囲に指示を出しながらもディアッカの視線を意識してどうも落ち着かなかった。 完全に心の中を読み取られている気がした。 ・・・この2年間で、それだけの関係を築いてしまった。 ――無理もない・・・か。 イザークはひそかに溜め息を吐いた。 ・・・忘れようとした。 アスランは、オーブへ行った。 彼には愛する『女性』がいた。 もはや離れることができぬくらい、深い絆で結ばれてしまった人が・・・。 (・・・おまえのこと・・・嫌いになったわけじゃない・・・) ・・・別れる前に、アスランは言った。 (ただ・・・彼女への思いは、おまえへの思いとは、少し違うんだ・・・) 俺にもよくわからない・・・そう呟くように付け加えると、アスランは寂しげに笑った。 (・・・おまえのこと・・・好きだよ。これからも、ずっと・・・) そんなアスランに、イザークはそれ以上何も言えなかった。 自分は泣きそうな顔をしていたに違いない。 最後に・・・くちづけを交わしたとき・・・ (・・・泣くなよ・・・) 唇を離すとき、耳元でそっとアスランは囁いた。 ――泣くものか・・・ おまえのためになんか・・・誰が・・・ ・・・泣くものか・・・! ・・・アスランは、去っていった。 もう二度と・・・ あいつのことは、考えるまい。 ・・・そう思ってきた。 アスランの瞳は・・・もう自分を見てはいない。 他に・・・守るべき人がいる。 愛を交わし合う異性が・・・。 それが自然だったのだ。 ずっとこのまま、男同士で愛し合っていくなんて・・・どう考えても異常だ。 いずれは・・・清算しなければならない。 ・・・遅かれ早かれ、そうなるはずだった。 自分にもそんな風に大切な誰かが現れて・・・ごく普通に愛し合って・・・ アスランのように・・・いつか・・・。 しかし、自分は・・・ そう自分自身のこの2年間を振り返ってみて、イザークは自嘲気味に笑った。 (・・・俺・・・だめなのかな・・・) ――自分はどこかが普通とは違うのか・・・。 どうして・・・こんな風になってしまったのか。 やっぱり、ダメなんだ・・・。そんなに簡単にあいつのこと、忘れられなかった。 だから・・・結局、アスランの代わりを・・・他の誰かに求めた。 ディアッカに抱かれるようになったのも・・・そのせいだ。 そう思うと、ディアッカに対して罪悪感が湧き上がる。 ディアッカは、いつも優しい・・・。 けど、その優しさに俺は甘えすぎていないか・・・。 ・・・ディアッカもいつまでも俺の相手ばかりしていられないだろう。 確か・・・彼にも例の『足つき』の中で知り合った少女がいたはずだ。 あいつが一時的にとはいえ、ザフトを裏切る原因となった・・・。 「イザーク、ちょっといいか?」 ディアッカが彼の腕を引っ張った。 「何だディアッカ、こんなときに・・・!」 「・・・いいから、ちょっと来いって・・・!!」 眉をひそめて抵抗するイザークを無理矢理連れて行く。 艦橋を出るなり、傍の壁に彼を押しつけ、素早くキスをした。 「・・・んっ・・・!!・・・きっ・・・さま・・・っ・・・!!」 イザークはディアッカを突き放そうとしたが、ディアッカはそれを許さずそのまま強く相手の体を抱き締めた。 そのあまりの激しい抱擁に、イザークは一瞬自分のいる場所も忘れ、ただ呆然とディアッカの胸に抱かれるがままになった。 「・・・イザーク・・・俺を見ろよ。今、ここに・・・おまえの傍にいるのは俺だ・・・アスランじゃない・・・」 ディアッカはそう囁くように言うと、イザークを離した。 「・・・ディアッカ・・・」 イザークは放心したように、ディアッカを見つめた。 やはり、見透かされている・・・何もかも・・・。 しかし、何も返す言葉が出てこなかった。 (・・・なんて言えばいい・・・?) ディアッカの思いがわかるだけに、辛かった。 彼は目をそむけるとディアッカを押しのけるようにして前へ出た。 「・・・馬鹿・・・何言ってる。――戻るぞ・・・!」 ディアッカを見ることはできなかった。 その瞬間、相手の目を見るのが怖かった。 「・・・俺は、いつもおまえをちゃんと見ている・・・ディアッカ・・・」 通り過ぎるとき、彼は小さくそう言った。 ――俺は・・・おまえが、好きだから・・・。 その気持ちに偽りはない。 本当だ・・・。 (ただ――アスランと同じように、おまえを思うことは・・・できないんだ) (・・・おまえとアスランは・・・違う――から・・・) そう思ったとき・・・ちくりと胸が痛んだ。 しかし・・・どうしようもない。 この気持ちは・・・変えられない・・・。 どうしても・・・。 ――そんな彼の思いが伝わったのかどうか・・・。 微かな溜め息を背中に感じながら、イザークは再び艦橋へのドアを開けた。 (Fin) |