SUNNY DAY
  (停戦後間もない頃、オーブでのある日のお話)





 ――・・・アッカ・・・!・・・

 ――・・・ディアッカ・・・!
「・・・おーい、ディアッカー!」
 ――ん?・・・誰だあ・・・?
「ディアッカ――!」
 ――たまの休日に・・・それもこんな朝っぱらから・・・ったく・・・!
「・・・ディアッカ・エルスマーン!いないのかー!」
 ディアッカの目がぱちりと開いた。
「ああ〜っ!うっせえなあ〜!」
 忌々しげに怒鳴りながら、ブラインドを上げ、窓の下を見る。
「よおー!ディアッカ!おはよう!」
 窓下で手を振っているのは・・・見慣れた顔。
 奴だ。・・・サイ・アーガイル。
 ――あんの秀才メガネ野郎か・・・!
 どうもこの手の人間って奴は・・・!
 ディアッカは忌々しげに溜め息を吐いた。
 思えば、アスランやイザークもおんなじようなもんだった。
 奴らには、融通ってもんがきかない。
 こっちがどう思うかなんてお構いなしだ。
 自分が朝早く起きる習慣があると、他人も同じ時間に起きてるのが当たり前だと思ってやがる。

 ディアッカは窓を開け放した。
 きさまあー!・・・と怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、何とか冷静を保ちながら、心の中で相手に応える準備をする。
(・・・しっかし、何とも爽やかな顔してやがるな・・・こっちは瞼くっつきそうだっつうのに!)
 むっつりと不機嫌そうな顔はどうにも繕いようもないが、敢えて不機嫌を声に出さないように努力してみる。
「・・・なんだよー、こんな朝早くから・・・!」
「・・・いつまで寝てんだよー!もう8時過ぎてるぞ!・・・とにかく降りてこいって!」
 ――くっそーっ、なんかムカつく。
 むっつりとした顔のディアッカにも全くお構いなしに、サイは爽やかな笑顔を向ける。
「・・・これだよ、これ!・・・忘れたのか?昨日話してた例の奴だよ!」
 しかし、サイの指さすものに注意を向けたディアッカは忽ち目を見開いた。
 サイのすぐ隣りに止まっていたもの。
 それは・・・

 ハンドルらしきバーが左右について、真ん中にサドル、二つの車輪、両脇に足を乗せるペダルが二つ・・・
 なんてシンプルなつくり。
 いかにも原始的な二輪車・・・
 ――同じだ。
 いつか地球史の資料集で見た写真に載っていたものと・・・。

「えっ、まさか、それって・・・?」
 マジかよ・・・
「ああっ、言ってたろう!自転車(バイク)だ!バ・イ・ク!」
 途端に、不機嫌がすっ飛んだ。
「・・・わかった!今、行く!」
 ディアッカは慌ててズボンをはき、上着を引っつかんで、部屋を飛び出した。
 

 
「・・・あっ、あっ、あっ・・・うわあああっ・・・!
 ・・・ディアッカは派手な音を立てて、自転車ごと横転した。
「あーあ、また・・・!」
 サイがやれやれと頭を押さえながら、後ろから駆け寄ってくる。
「大丈夫かー、ディアッカ!」
「・・・ってえ・・・」
 へたり込むディアッカに、サイは呆れ顔で手を差し出した。
「・・・だから、いきなり乗るのは無理だって・・・」
「いやあー、参ったなあ。・・・意外と難しいのな、これって」
 ディアッカはサイの手を借りて、立ち上がると、罰が悪そうに頭を掻いた。
「コーディネイターなら、何でも簡単にできるはず・・・じゃなかったっけ?」
 サイが少し意地悪げに言う。
 が、勿論本気で言っている訳ではない。
 それはディアッカにもわかっていた。
 だから、にやりと笑って返した。

「・・・まあ、コーディネイターも万能じゃないってこと。コーディネイター同士でも、能力差はあるしな」
(・・・でなきゃ、アスランとイザークがあんなに張り合う必要もないってな――)
 ディアッカはひそかに付け足すと、思わずくつくつと笑った。
「ま、電動車(エレカー)に慣れすぎて、かえってバランスの取り方とか・・・体がついてかないんだと思うよ。
 要するに慣れの問題だから、ちょっと練習すりゃ、大丈夫さ。
 俺たちだって最初からすんなり乗れたわけじゃない」

 サイは自転車を慣れた手つきで立てかけながら、慰めるように言った。
「・・・でも、オーブ・・・っつうか・・・地球じゃ、まだこんな原始的なモン使ってたのか。驚きだな。プラントじゃ、完全に過去の遺物でしかないぜ。どう考えても博物館行きだ」
 ディアッカは、サイが自転車のサドルにひょいと跨り、いとも簡単に数メートル走っていくのを、少し妬ましそうに眺めながら、声をかけた。
「・・・いや、地球でも一部だけだよ。オーブでは比較的、残ってる方かな。でも実用化されてるわけじゃない。俺だってたまたま、父さんがジャンク屋で珍しがって手に入れたものを修理して使ってるだけだから」
 サイが軽々とペダルをこいで、戻ってくる。
「でもさ、一度乗ってみると、これが結構いいんだよな。何というか・・・気持ちいいんだ。足を動かして、自分の力で直接走ってるって感じ。エレカじゃ、味わえない感覚だぜ。特に、こんな気持ちのいい天気の日なんか、最高だな!」
「へえーえ・・・」
 ディアッカはふと顔を上げて、空を見上げた。
 真っ青に広がる空。
 ・・・降り注ぐ太陽の眩しさ。
 微かに頬を通り過ぎていく風。

 ・・・確かに、環境にはよさそうだ。
 耳に障るモーター音もない。

 ふと、彼は想像した。
 この青空の下を、彼女を後ろに乗せて、颯爽と自転車で走る光景を。

(・・・へえー、なかなかいいじゃんか)
 思わず顔が綻ぶ。
 しかし、そのためにも・・・

(・・・そうだ、見ていろ。何としても、乗りこなしてやるからなー!)
「・・・ディアッカ、乗れよ」
 そのとき、サイがディアッカに顎で後ろを示した。
「――え?」
 途端に、今しがたの楽しい想像図がガラガラと音を立てて崩れていった。
「じょ、冗談!・・・何で俺がおまえに乗せてもらわなきゃならねえんだよ!」
 ディアッカはちょっとふてくされて、抗議の声を上げる。

「いいから、乗れって!・・・おまえにも、味わわせてやりたいんだから」
 そうあっけらかんと言う、サイの純粋な笑顔を見ると、それ以上断りきれなくなり、ディアッカは渋々彼の後ろに跨った。
「よーし、じゃあ、行くぞ〜!」
 サイが子供のようにはしゃいだ声を上げて、ペダルを踏み込む。
「う、うわっ、ちょ、ちょっと・・・!」
「しっかり、俺につかまってろよ!」
 言われて、慌ててディアッカはサイの腰に手を回した。
 自転車ががくんと揺れ、そして、颯爽と走り出す。
(おいおい、何だよこれ・・・)
 ディアッカは憮然とサイの背中を見つめる。
 先ほどの彼の想像図では、ペダルをこいでいるのは、自分のはずではないか・・・。
 そして今自分が座っている位置にいるのは・・・。
(これって、何か・・・俺、すっげえ、情けなくねえか・・・?)
 ちょっと、溜め息が出そうになる。
 ――少なくとも、バスターのパイロットの乗るポジションじゃねえ・・・よな。
 しかし、サイの背に体をくっつけながら走っているうちに、ディアッカの心はいつしか自然と和らいでいた。
 顔を吹きすぎる爽やかな微風と、ペダルを踏むサイの足元から伝わるその生々しい地面を蹴る感覚が不思議なくらい、心地よい。

 ――へえ〜え・・・
 ディアッカは軽く目を閉じた。
「・・・いいだろう?」
 サイが声をかける。
「ん・・・まあな。確かに・・・悪くねえな、こういうのも」
 渋々答えたディアッカだが、表情はまんざらでもなさそうだった。
(こいつと走ってるってのが、何だが・・・ま、たまにゃ、こういうのも、いいか――)

 そんなディアッカの心の内を見透かすかのように、サイが悪戯っぽい視線をちらりと投げかけた。
「今度は・・・ミリイと、乗ってみなよ。もちろん、彼女を後ろに乗せて、ね」

                                               (Fin)

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