Light Possession 4
手の下で、ほんのりと色づいた白い肌が上下している。
熱い。どくんどくんと少し速度を上げて鼓動する心臓の音を感じた。自分の心臓もそれに呼応するように、速くなる。
興奮している。
突き上げてくるような異様な感情の昂ぶりに、戸惑う。
密着した体を僅かに離し、その腕に捕らえた獲物を、もう一度眺めてみる。
(……ああ――……)
その整った面からは、いつものあの刺すような怜悧な表情は消え、代わりに艶かしいほどの色香が迸っていた。
濡れた唇の中からちらりと覗く、その誘うように蠢くものが目に入った途端もう我慢できなくなった。
顔を引き寄せ、唇に噛みついた。
興奮するあまり、牙を立ててしまったため、相手の顔が一瞬苦痛に歪む。それにも構わず唇を割り、口内に舌を突き入れると、柔らかな口蓋の奥まで貪るように舐め回した。
荒々しい口吻を交わせば、さらに欲情が煽られる。
下肢が、熱く猛り始めるのがわかった。
止められない。
最初は遠慮がちだったのが、どんどん大胆になり、興奮するままに挿入を繰り返しては、何度でも吐精してしまう。
昂ぶりが引いていった後も、そこはほんのりと暖かくて、何となく安心していられる。中に入っているのが悦くて、このままずっと繋がっていたくなった。
離れたく、ない。
(――どう、しよう)
……逞しい胸骨を覆うその驚くほど滑らかな肌に頬を当てながら、困った風に少し眉根を寄せた。
肩から乱れ落ちる銀の糸が幾筋も瞼に触れ、目の淵できらきらと瞬く様を、きょとんと見つめる。
やがて唇が、小さく感嘆の息を洩らした。
綺麗だ、と思った。
……白い、猫。
自分とは正反対の白い肌と、銀色に光る長く美しい毛並み。ただ一つしかない瞳は、透けるような淡い空の色を映す。この間まで、そこには冷たい、撥ねつけるような拒絶と敵意しか見えなかった。 なのに、今は――
(……どうしたんだ……)
アサトは首を傾げた。
それは、自分からコノエを奪っていった猫。傲慢な視線で肩をそびやかすその仕草が癪に障り、目が合うたびに牙を剥き、威嚇と牽制を繰り返してきたわずらわしい相手――で、あった筈なのに。
それを今、こうして――手の中に捉えている。攻撃する標的としてではなく、欲情を満たすためにまぐわる相手として。
(……わから、ない……)
アサト自身、どうして自分が何の違和感もなく、この白い猫を腕に抱いているのかわからない。
この憎らしい高慢な白い猫と繋がるなど、これまでは考えもしなかったことだ。
でも――
「おまえが、いい……」
ごろごろと心地良さげに喉を鳴らすと、柔らかな肌に顔を擦りつけた。
「――ライ……」
名前が自然に零れ落ちる。
こんな名前だったか、と呼んでみて不思議な気分になった。
今まで、気にもしなかった。
「――ライ……ライ……ライ……」
何度も舌の上で転がしているうちに嬉しくなり、小さな子猫が甘えるように、繰り返し名を呼んだ。
相手は、答えない。
それでも、構わなかった。
「ライ……」
囁きながら、相手の体の中に挿れたままのものを、再びゆっくりと動かし始めた。
「う……あぁ……っ……!」
喘ぐ白い猫の艶めいた表情に、さらに欲情をそそられる。
締めつけられると、甘い痛みと快感に喘いだ。荒い息を吐き出しながら、なおも深いところまで遠慮なく入っていく。
「……は……ぁ……っ……!……」
ライは小さな悲鳴を上げた。
掠れた、色づいた声が耳を打つと、全身の毛が総毛立った。
尻尾の先まで軽い電流が走ったかのように、上向きになった尾がぴくんと震えて宙で止まった。
喉の奥が焼け焦げそうに、熱い。
息を吐き出すのでさえ、苦しくなる。
それでも、相手の中から出たくない。
(ここは、いい……)
――とても、いい……。
繋がったまま、少し体を密着させた。
濡れそぼった固いものが腹に当たり、擦れると、じっとりとした淫靡な感覚が走る。
その甘やかな粘つく感触が、燻る官能の火を一気に煽った。
際限もなく膨らんでいく欲望。
自分も、相手も、もっともっと気持ち良くしたくなる。
何も考えなくてよいように、ただ一心不乱にこの熱の中に身を沈めていく。
――これは、自分のものだ。
――自分だけの、ものだ。
そう思うと、無性に嬉しくて、自然に喉が鳴る。
軽い独占欲が満たされていく……そんなささやかな悦びに酔った。
繋がる体をしっかりと抱きしめる。
「――俺の、ものだ……」
熱く滾る欲望が再び限界まで膨らみ、その熱を相手の中に一気に解き放つまで、長くはかからなかった。
――徐々に引いていく潮。
繋がりを解いた後に、押し寄せる喪失感。
冷めていく、熱。
寒さに、震えた。
衣服を着け、のろのろと立ち上がる。
途端にかさり、という乾いた音がして、足元に目を向けると、散らばった花びらを踏みつけていることに気付いた。
(……あ……)
胸の奥がきしり、と乾いた音を立てる。
萎れきった草花が不憫に見えて、しゃがみ込むと踏んだ花びらをそっと掬い上げた。
いとおしむように、手の中で弄りながら、やるせない寂しさに瞼を落とした。
目を閉じたまま、花びらに、くちづける。
うっすらと残る花の香が、僅かに鼻先を掠めた。
唇が触れると、はらりとそれは指の間から零れ落ちていった。
ひんやりとした空気の流れを感じた。
アサトが入ってきた窓の隙間から吹き込んできた冷たい夜気が、指から離れた花びらをあっという間に運び去る。
ひとひらの黄色い花弁が、ゆらゆらと空を舞い、ベッドに横たわったままの猫の銀色の毛に触れて留まった。
アサトは、目を瞠った。
――花びら、が……。
思わず吐息を洩らした。
それは、自分とこの猫の今の、そしてこれから先の関係を仄かに暗示するかのような光景に見えた。
――コノエに、似合う……。
そう思って、摘んだ花だった。
あれからまだ数時間程しか経っていないというのに。
ほんの僅かなひとときの間に、気まぐれな偶然が重なり……。
いつの間にか、何かが大きく変わってしまったことに、気付いた。
偶然だったのか、必然だったのか。
糸が、繋がった。全く違う道を歩いていた筈の二匹の猫を結ぶ、不思議な糸が……。
運命、などという言葉は、アサトの頭の中には浮かんではこない。
しかし、この変化を感じることは、できた。
普段からそういう『気配』を嗅ぎ取ることについては、普通の猫以上に敏感だった。
(――俺、は……)
未知の感情に対する不安と戸惑いに心が揺れる。
さまざまな感情から逃げるように、彼はやがてベッドの上で眠る猫にそっと背を向けた。
振り返ることなく、窓辺へ向かう。
窓を開けるとするりとそこから抜け出し、その黒い姿は溶け込むように闇の中へ消えていった。
(Fin)
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