おまえが悪い!(前編)
「おい、アスラン!!」
イザークが吼えるように、呼びかける。
アスランは、やれやれと溜め息まじりに振り返った。
(・・・なんで、いつも、こうなのかな・・・)
もっとこう・・・普通に話せないのかなあ、こいつは。
「・・・暇なら、勝負しろ!」
イザークが肩をそびやかしながら、言う。
そのいかにも偉そうな仕草に、アスランは苦笑を禁じ得なかった。
(たかだかチェスの対戦くらいで、言う台詞でもないよなあ・・・)
「・・・あいにく、今忙しいんだ。後にしてくれないか」
ちょっと意地悪を言ってみたくなった。
特に用があるわけでもないのに。
・・・案の定、相手の顔色がたちまち変わるのがわかった。
まるで、お預けを喰らった小さな子供のような、そのがっかりした表情を見て、アスランはいかにも面白そうに唇を緩めた。
(やっぱ、からかいがいがあるよなあ・・・)
相手は自分のことを年上だ年上だともっぱらやかましく言うが、アスランにとってはそんなことは全く関係がなかった。
――精神年齢じゃ、こっちの方がよっぽど年上だって言いたいよ。
「・・・って思ったけど、いいよ。一戦くらいなら」
いかにも渋々ながらといった口調で了解すると、イザークの顔が僅かに明るくなった。
「ただし、一戦だけだぞ。どっちが勝っても負けても今夜はそれで終わり!いいな」
「ああ、いいとも!」
イザークの声に力が入った。感情の露出を抑えようとしているようだが、いかにも嬉しそうなその顔は隠しようもない。
(・・・チェスくらいで・・・)
アスランはおかしかった。
「それから、チェス盤はちゃんと片付けていくこと。イザーク、おまえ、いつも怒ってすぐ出て行っちゃうだろ・・・」
そう付け加えると、イザークは頬を赤らめた。
「わ、わかってる!・・・いちいちくだらんこと、言うな!」
そんなイザークの様子を見ているうちに、ふとアスランの胸の内に奇妙な気持ちが生じた。
自分でもわからない、何か不思議な・・・あやしい感情の高ぶりだった。
「・・・そうだ。それと、今日は罰ゲームありだから」
気付いたときには既にそんなことを口走っていた。
「・・・・・?」
イザークが一瞬不思議そうにアスランを見る。
「いつもどっちかが勝ってばっかりじゃ、面白くないしね。たまにはそういうおまけがあってもいいだろ。・・・それにその方が俺もいつもより気が抜けなくなるし、ゲームもずっとスリリングになる」
そう言いながら見返すアスランの視線がいかにも優越感に満ちたように感じられて、イザークは顔を強張らせた。
――どっちかが勝ってばっかり・・・?
アスランが何を言おうとしているのかは火を見るより明らかだ。
忽ちかっと頭に血が上った。
「・・・おまけ、だと?余計なお世話だ!・・・そんなもんなくても今夜は俺が勝つ!」
「・・・どうかなあ・・・今までの勝負の結果を考えたら・・・」
アスランは意地悪げに言う。
「・・・そっか・・・でも、どうせ罰ゲームはそっちがやることになりそうだから、かわいそうかな。やっぱ、やめとこう。悪い、くだらないこと言って・・・」
「ちょ、ちょっと待て!!・・・誰がやらないって言った?!」
イザークがたちまち吠え立てた。
アスランは心のうちでほくそえんだ。
思った通りのイザークの反応。
(・・・やっぱ、単純だよな・・・わかりやすいというか、なんというか・・・)
楽しそうに、剥きになるイザークを眺める。
「・・・勝手にほざくな!・・・やってやるとも。今夜は負けんからな!!」
「じゃ、罰ゲームありの一回勝負でいいな」
「ああっ!!OKだ!!」
「・・・チェックメイト」
静かにアスランが宣言する。
「・・・・・!」
イザークはかたまった。
どうみても、勝ちはない。完全なる負け。
(・・・くっ・・・!!)
「・・・くっそおおお・・・・っ・・・・!!」
かああっと一瞬頭に血が昇った。いつものように、握り拳の中に爪が食い込んでいく感覚。
彼は勢いよく立ち上がった。
「・・・おおっと!今日はまだ終わりじゃないからな、イザーク」
アスランが釘を刺した。
「忘れたのか?・・・罰ゲームが残ってるだろ?」
そう言われて、イザークはうっと黙り込んだ。
・・・確かに・・・そうだった。
いやな思いが込み上がってくる。
勝負に負けて、しかも罰ゲームまで・・・。
しかし、自分がやってやると宣言した手前、いまさら後に引くわけにはいかない。
「・・・負けた方は、勝った方の命令にひとつだけ従うってことだったよな」
アスランは、立ち尽くすイザークを余裕たっぷりに見上げた。
「・・・わかったから、さっさと言え!」
さっさといやなことは片付けて、部屋に帰ろう・・・
そう、イザークは思った。部屋に帰ったら、またこの苛々を吐き出すのに、ディアッカの世話にならねばならないだろうが。
そんなことをくだくだ考えていたが・・・
「・・・脱いで」
突然、耳に入ってきた一言。
イザークの思考は見事に吹っ飛んだ。
(・・・今、なんて・・・?)
イザークは一瞬パニックになった。
(確か、脱げ・・・って言わなかったか、こいつ・・・?)
呆気にとられた面持ちで、アスランを見下ろす。
アスランは平然とした様子で、しゃあしゃあとイザークを見返した。
「・・・聞こえなかったのか?・・・脱いで、って言ったんだけど。アンダーも全部とって・・・ね。つまり、ハダカになるってこと」
「・・・って普通に言うな!・・・きっさまああー、一体何考えて・・・!!」
真っ赤になりながら、怒鳴りつけるイザークのその反応を、アスランはいかにも楽しげに眺める。
「あれ、命令聞けないの?罰ゲーム、やっぱり放棄する?」
「そういう問題じゃなくて・・・。も、もっと普通のことを考えられんのか、きさまはあっ!」
イザークは地団駄を踏まんばかりに叫んだ。
(・・・なに考えてるんだ、こいつは・・・!!)
「・・・イザーク、俺の前で脱ぐの、イヤか?」
「当たり前だっ!!・・・誰が喜んで貴様の前で裸になどなるか。俺は変態じゃないっ!!」
「・・・じゃあ、いいだろ。イヤなことするのが罰ゲームなんだから」
アスランが最後にそう言うと、イザークはぐっと言葉に詰まった。
「そ、そりゃ、そうだが・・・」
しかし・・・
恥ずかしい!
・・・想像するだけでイザークの頬はかあっと熱くなる。
何という屈辱だ。
・・・よりにもよって、こいつの前で・・・全裸になるなど・・・!
ふと我に返ると、目の前にアスランの顔が迫っていた。いつのまにか、チェス盤を越えて、すぐ傍まで近づいていたのだ。
「・・・そんなにイヤなのか?」
翡翠の瞳をこんなに至近距離で見たのは初めてだったかもしれない。
「・・・俺なら、イヤじゃないんだけど・・・」
その言葉に、イザークは耳を疑った。
相手の真剣な瞳にどきっと胸が震えた。
(・・・な、なんなんだ、こいつは・・・!)
すぐにはアスランの言葉の意味を掴むことができなかった。
「・・・俺は、いつでもおまえの前で脱げるよ」
そう言うと、彼は自分の制服の襟に手をかけた。
「・・・アス・・・アスラン・・・?!」
イザークは困惑した瞳を相手に向けた。
そのとき、突然彼の手首が強い力に掴まれ、イザークは有無を言わさずアスランの方へ引き寄せられた。
「・・・なっ・・・!!」
驚いて何か言おうとするイザークの瞳を、翡翠の瞳が冷ややかに見据えた。
息がかかるくらい、すぐ間近にアスランの顔が迫っている。
「・・・何なら、脱ぐの手伝ってやろうか、イザーク・・・」
アスランの口調は、まるで散歩に行こうか、とでも言っているかのように、穏やかでごく普通に聞こえた。
(to
be continued...)
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