おまえが悪い!(後編)
「バ、バカッ・・・冗談言うな!!」
イザークは反射的に、アスランを突き放した。
わけのわからぬ恐怖心が、彼の心をパニックに陥れていた。
強い力で突かれたアスランの体が平衡を崩し、チェス盤の上へ倒れ込む。
ガラガラと大きな音を立て、盤がテーブルの上から引っくり返った。
アスランはテーブルに片手を置くと、ゆっくり身を起こした。
床に座り込んだ彼の体が小刻みに揺れ始めたかと思うと・・・やがて彼はくつくつと笑い出した。
「・・・な、何がおかしいッ!!」
イザークはアスランを睨みつけた。
「・・・いや、イザーク、ウブだなあと思って・・・」
アスランは楽しそうにイザークを見上げた。
「・・・今、ヘンなこと考えただろ?俺に襲われるとでも思った?」
「う、うるさい!!」
イザークはくらくらと眩暈がしそうだった。
完全に、相手のペースに乗せられてしまっている。
(くっそおお・・・アスランめ・・・!!)
歯ぎしりしながらも、今のこの不利な状況ではどうしようもない。
言い返す言葉もなく、彼はただ必死で平静さを保とうと焦っていた。
「・・・と、とにかく・・・ッ!・・・貴様のヘンな趣味に付き合うわけじゃないが、罰ゲームだから仕方ない。脱いでやる、クソッ!」
・・・一瞬のことだ。さっさと終わらせてしまおう・・・!
イザークは自分に言い聞かせると、面白そうに眺めているアスランを尻目に、制服のベルトをはずし、上着を脱いだ。ブーツとズボンを脱ぐ。
制服を脱いだ、シャツと半パンツ姿のイザークは、それまでよりずっと幼く見えた。
そのしなやかでほっそりとした体の輪郭は、胸の膨らみこそないものの、少年というよりはまるで少女のようで、とても美しかった。
アスランはひそかに見惚れた。
(・・・キレイ・・・だな。・・・やっぱ、口さえ開かなきゃ、モデルの女の子みたいだ・・・)
イザークはふと床から眺めているアスランの視線を意識し、たちまちカッと頬を火照らせた。
「・・・そんなにじろじろ見るな!この変態が!!」
怒鳴りつけられても、アスランはにやりと笑って流した。
「・・・脱ぐところ見られるってのも罰ゲームの内に入るんだけどな」
「くそっ・・・勝手にほざいてろ!!」
イザークは忌々しげに吐くと、自らアスランに背を向けた。
(・・・くそっ・・・絶対に次は俺が勝って、こいつに目にものみせてやる・・・!)
内心そう誓いながらも、水色のアンダーシャツを一気に頭から脱ぎ去る。
上半身が露になる。
そして残るは下半身のみ。
そこまできて、さすがにイザークは一瞬躊躇わざるを得なかった。
手の動きが止まる。
恥ずかしさに息が止まりそうになる。
きっと今の姿でさえ、既に情けない格好になっているだろう。
(・・・ええ〜い、くそっ、くそっ、くっそおおおーーー・・・・!!!)
こうなったら、気合で脱ぎ去るしかない。
そして、奴に見せつけて、それで終わりだ!
そうだ、早く済ませてしまおう!!
イザークの手が下半身にかかった。
ぎゅっと目を瞑る。
そのとき、ふと背後に人の気配を感じた。
「・・・どうしたんだよ。かたまっちまって・・・」
首筋に息がかかる。
イザークの胸の鼓動が高まった。
振り返った視界の中に、アスランの顔が飛び込んでくる。
「き、きっさまあ・・・いつの間に・・・!」
アスランの表情の中に、また先程と同じような妖しい雰囲気が漂っているのを本能的に感じ取って、イザークは彼から離れようとした。
しかし、その彼の動きを先に読み取ったかのように、既にアスランの両腕がイザークの体をしっかりと背後から羽交い絞めにしていた。
「わっ!何してる、アスラン、貴様ッ・・・!!・・・はっ、離せ・・・ッ!!」
イザークはもがいたが、今度はアスランの力は異様に強く、どうしても身を振りほどくことができない。
「イザーク、こっち向けよ」
「・・・この体勢で、向けるか!」
「じゃあ、俺が向かせてやるから」
アスランの手がぐいっとイザークの顎を掴んだ。
あっと思う間もなく、イザークの目の前にアスランの顔が迫り・・・そして、彼の唇は塞がれた。
・・・息ができないほどの、乱暴なキス。
アスランの舌が口腔内に侵入し、激しくまさぐってくる。
互いの絡まり合う唾液と舌先がどこまでも口内をまさぐってくるその執拗なねっとりとした感触が、吐き気を催すほどに気色悪い。
女が相手でも、これほどまでにディープなキスは未だかつてした経験がなかった。
(・・・や・・めろお・・・ッ・・・!!)
必死でそう叫びたいが、口を塞がれている以上、言葉を出すことはできない。
ただ、アスランの腕の中から逃れようとするだけだが、力の差は歴然としている。
しかも、この執拗なキスでイザークの頭からはすっかり思考力が奪い去られようとしていた。
眩暈がするようだ。
全身が燃えるように、熱い。
逃れようとする思いと裏腹に、体は敏感なまでに反応しているのがわかる。
それが悔しくて、恥ずかしい。
気の遠くなるような時間が過ぎ、ようやくアスランが彼の唇を自由にすると、イザークはすっかり力が抜け切ったように、ふらふらと体を揺らした。
そのイザークの体を、アスランが受け止める。
「・・・さ・・・わるな・・・っ・・・!」
イザークはアスランを睨めつけると、その腕を押しのけようとした。
しかし、まったく力が入らない。そんな自分が情けなくて、イザークは唇を噛んだ。
そんなイザークを、アスランはただ静かに見つめていた。
「・・・イザーク・・・俺のこと、嫌いになった?」
アスランが言うと、イザークはふと顔を上げた。
翡翠の瞳が、真っ直ぐに覗き込んでくる。
その色が、彼にはなぜか・・・とても美しく見えた。
しかし、イザークには、何も言えなかった。
ただ、悔しい。
それは、アスランから受けた屈辱が・・・というよりも、そんなアスランに対して・・・憎みきれない自分がいるということが。
そんな気持ちになる自分が・・・わからない。
それが、彼にとって新たな屈辱となる。
彼は・・・ひどく傷ついていた。
どこまでも、こいつには勝てないのか・・・と。
心の中にまで、ずかずかと踏み込んでくる。
何なんだ、こいつは・・・!
「・・・貴様のことなど・・・最初から、嫌いだ!」
彼はアスランから身を離した。
震える体を抑えながら、下半身に手をかけ、パンツを下ろそうとする。
その彼の手を、アスランが止めた。
「いいよ、もう・・・」
罰ゲームは終わった。
イザーク、きみは十分罰を受けた。
本当に罰を受けなきゃいけないのは・・・俺かもしれないな。
アスランの顔に寂しげな表情が浮かんでは消えた。
「すまない、イザーク・・・」
自分が傷つけたことはわかっている。
・・・いや、わかっていて、わざと傷つけたのだ。
小鳥のように身を震わせ、俯くイザークに、アスランは少し後悔の念を募らせた。
「・・・おまえが・・・」
イザークは呟くように、そっと言葉を吐き出す。
「・・・おまえが・・・悪い・・・!」
消え入りそうな・・・弱々しげな声。
いつものイザークではない。
アスランは何となく胸を衝かれた。
でも、そう仕向けたのは、全部自分だ。
イザークが・・・好きだから。
なんで・・・もっと違う方法で、言えないのかな。
どうして・・・いつもこんな風に・・・きみを傷つけることしか、できないんだろうな。
「ああ、俺が悪かったんだ・・・ごめん・・・」
アスランは答えると、彼の剥き出しの背に、そっと上着をかけてやった。
(Fin)
|