どうしたんだ?(前編)



 
ディアッカは憂鬱な気分で同部屋の友の帰りを待っていた。
 ・・・どうせまた、アスランの部屋でチェスの勝負をしているのだろう。
(・・・ったく、何で懲りずにやるかなあ・・・)
 ディアッカは溜め息を吐いた。
 勝っても負けても、イザークの機嫌が悪くなるのはわかっている。
 そしてその後、当たり散らされて迷惑を蒙るのは結局こっちだ。

 どうやっても、イザークにはアスランの全てが気に入らないのだから。
 だったら・・・
(・・・何で放っとかないんだ、っての!)
 無視して適当に流しときゃ、腹立つこともないだろうってのに・・・。
 そこがイザークのわからぬところだった。
 嫌な奴なら、自分からわざわざ寄っていかなくてもいいものを。
 何かと絡みついていくのはイザークだ。
 そしてまた、アスランはそれを煽るのが上手い。
 わざとイザークを噛みつかせて楽しんでいるとしか思えないくらいだ。
 ・・・結局、あいつら、結構気が合ってるのかもしれねーな。
 なんて、イザークに言えば、ただじゃ済まないだろうが・・・。
 
ディアッカはやれやれと肩をすくめた。
 まったく何であんなに短気で頑固なのか・・・。
 一緒にいる者の身にもなって欲しい。
 ・・・いっそアスランとイザークが一緒の部屋になったらいいのに。
 とりとめもなく、そんな考えに耽っていると・・・。
 ドアが開いた。
(・・・帰ってきたな・・・!)
 ディアッカは、さっと身を翻し、心の準備をした。
 荒れるぞ、今夜も・・・!!
 彼は避難のための場所を確保しようと身を動かしかけた。
 しかし――
(・・・ん・・・?)
 彼は何かおかしいことに気付いて、ふと顔を上げた。
(・・・声が・・・しない・・・?)
 いつもなら、入った瞬間に壁を激しく叩きつける拳の音と雷のような憤りの声が降ってくるというのに・・・なぜか今はしんとしている。
(・・・何なんだ、いったい・・・?)
 まさか、今入ってきたのはイザークじゃなかったのか・・・?
 不審気に視線を入口に走らせると、そこにひっそりと佇んでいるイザークの姿があった。
(・・・なんだ、やっぱりイザークじゃないか・・・)
 ディアッカは息を吐くと、少し拍子抜けしたように改めてイザークを見た。
「おい、イザーク!」
 軽く声をかけたが、相手はじっと突っ立ったまま、扉の前から動こうとしない。
 こころなしか、いつものような元気がない。

 ディアッカは眉をひそめた。
(・・・なんだ、こいつ・・・?・・・様子がヘンだ・・・)
 彼はイザークの前まで近寄った。
「おい、どうしたんだよ!!」
 その声に、はっと顔を上げたイザークを見て、ディアッカは驚いた。
「・・・何だよ。おまえ、真っ青だぞ。気分でも悪いのか」
 ・・・しかし、イザークは何も答えなかった。
 ただ、暗い面持ちで再び視線を床に落とす。

 まるでディアッカの姿など目に入らなかったかのように。
 そのイザークの仕草に、ディアッカは少し傷ついた。
 ・・・アカデミー時代から、今までずっと一緒で・・・お互いによく気心の知れた相棒であり、仲間だと思っていた。
 それなりの絆も感じてきたつもりだった。

(なのに、今・・・こいつは俺のことを、まるで自分とは全く関わりのない赤の他人であるかのような目で見やがった・・・)
 ディアッカの胸に何かわけのわからぬ憤りの感情が湧き上がってきた。
「おい、返事くらいしろよ!イザーク・・・おまえ、今までどこにいた?!何してたんだよ!」
 彼はイザークの腕をやや乱暴に掴んだ。
 そのディアッカの動作に、イザークはびくりと反応した。
 一瞬目を上げたイザークの面を見て、ディアッカはドキッとした。
(イザーク・・・?)
 こんなイザークの顔は・・・初めて見るような気がする。

 まるで・・・何かに脅えた幼い子供のような顔。
 いつも彼がよく見知っているイザークとは違う。
 何だか・・・別人のようだ。
 しかし、そんな彼の顔はすぐに消えた。
 しまった・・・とでも言うかのように、イザークが小さく息を呑む音がした。
 秀麗な眉が鋭く吊り上がり、たちまち頬に赤味が差す。
「・・・放せ!」
 イザークは叫ぶと、ディアッカの腕を力いっぱい振りほどいた。
 そのあまりの激しい勢いに、ディアッカは呆気に取られてその場に立ち竦んだ。
「ほんと・・・どうしたんだよ。イザーク、おまえ・・・?」
 イザークは、目を見開くディアッカをさらに睨みつけた。
「・・・何でもない!」
 そう叫ぶと、彼はディアッカを押しのけるように、部屋を突っ切っていく。
 自分の寝台の中へ飛び込み、顔を背けたまま寝転がる。
(・・・何なんだよ・・・)
 ディアッカにはわけがわからなかった。
 ただ何となく、ただならぬことが起こったのだという感触はあった。
 アスランとの間に何かあったのか・・・。
 それとも、全く別のことなのか。
 イザーク自身が口を開かない以上、知りようがない。
(単なる気まぐれや我儘ってわけでもなさそうだが・・・)
 イザークのさっきの表情を思い出して、ディアッカは再び嘆息した。
(・・・ま、俺と俺の部屋的にはこれで良いのかな。少なくとも今夜のところは・・・)
 そう、いつものように軽く割り切ろうとしながらも、何か心に引っかかりを感じて仕方がない。
 しかし、彼はそれ以上何も言うことができず、ただ寝転がるイザークの背を黙って眺めているしかなかった。



 翌日・・・イザークは起きてこなかった。

「気分が悪い、だとさ!」
 シュミレーションで一緒になったとき、ディアッカはアスランにそう言うと、反応を窺うように鋭い視線を投げた。

「そうか・・・」
 アスランの表情は変わらなかった。
「・・・なあ、おまえら、昨夜一緒だったんだろ。・・・何かあったわけ?なあ〜んか、あいつ、部屋帰ってきてからずっと様子がヘンなんだけど・・・」
「さあ・・・」
 アスランが言うと、ディアッカは僅かに眉を上げた。
 息がかかるほどすぐ傍まで顔を寄せると、低声で囁く。
「・・・おいおい、しらばっくれるなよ。何かなきゃあ、あのイザークがあんな風になるか?!部屋に帰ってきたとき、あいつ、声も出さずに真っ青になって突っ立ってたんだぜ・・・」
 アスランはじろりとディアッカを睨めつけた。
「何が言いたいんだ・・・?」
 その語気の強さに、ディアッカは一瞬たじろいだ。
 が、すぐに気を取り直し、負けずに睨み返す。
「・・・だから、昨夜何があったのかって聞いてんだよ!」
 二人の声の大きさに、周囲の者が思わず驚いて振り返った。
「どうしたんですか、二人とも・・・!」
 慌ててニコルが間に入ってきた。
 対立する二人を心配そうに見やる。
「・・・いや、何でもない」
 アスランはそう言うと、ニコルを安心させるように、穏やかな笑顔を向けた。
「おい、アスラン・・・!」
 ディアッカが再び何か言おうとするのに対して、
「とにかく、イザークは後で俺が様子を見に行くから、心配しなくてもいい。・・・本当、たいしたことじゃないんだ」
 アスランは淡々とした口調でそう言うと、ディアッカに背を向けた。
 シュミレーションが始まろうとしている。
(しゃーねーな・・・)
 ディアッカはやむなくそこまででアスランへの追及を諦めなければならなかった。
 しかし、当然彼の腹の中はそれではおさまらなかった。

(・・・たいしたことじゃねーだと・・・?よく言うぜ・・・!アスランの奴・・・何か隠してやがる・・・)
 そう胸の中で吐き出すと、ディアッカは、なおも探るような視線をアスランの背に投げかけた。

                                          (to be continued...)


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