呪  焔
 (序)











 ぽたり。

 冷たい雫が落ちる。
 ぴく、と瞼が震えた。
 ゆっくりと瞳が開く。
 闇の中に、うっすらと青い色が滲んでいく。
 二粒の青い宝石のように、瞬きもせず、こちらを見つめるその瞳に、魅せられた。

「きみは、誰……?」
 問いかける唇が、心ならずも震える。

 ――知っている。

 本当は、きみが誰なのか、ぼくは知っている……。
 そして、恐らくきみも、ぼくのことを……。

 けれど、それを知るのが、怖い。
 知られるのが、怖い。

 そうなれば、ぼくたちはきっと、もうこんな風に見つめあうことはできないだろう……。
 きっと、ぼくたちは……。

 その先を想像するのが、怖い。
 見えない不安に怯える。

 ――だから、知らない振りをする。
 ただ、ひとときの甘い調べに耳を傾け、きみの胸に頭を埋め、官能を満たす悦びの感覚に酔う。
 それ以外、何も考えなくてすむように。
 何も思い出さなくてすむように。
 心を空白にして。
 目の前にいるのは、ぼくが出会ったきみという存在。
 きみは、それ以外の何ものでもない。


 そうしてぼくたちは、偽りの空間を生きる。

 こうしていれば、永遠に時が止まってくれると、本気で信じているかのように。
 本当は、そんな筈はないとわかっているのに。
 いつまでも、こんなことが続くわけがない、と知っていながら……。
 わかっていて、それでもぼくは、目をそむける。


 この不思議な運命を、受け容れられるなら……。
 もしかしたら、何かが変わるかもしれない、と微かな希望を抱いて。

 これ以上、憎しみや悲しみで自分を傷つけたくないから……。

 ――ぼくは、こんなにも臆病で弱い人間なのだ。

 そう思うと、彼は苦渋に満ちた菫色の瞳を閉ざす。
 そうして切ない吐息を零しながらも、微かに触れた暖かい唇に、彼はいつしか、震える自分の唇をそっと重ね合わせていた……。

                                          (to be continued...)


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