想 い (2)
「・・・俺に話がある――か・・・」
不承不承ディアッカが出て行き、部屋に二人きりになると、アスランは床に座り込んだまま、ぽつりと呟いた。
「何の話だ・・・?」
彼は静かに面を上げた。
挑むような翡翠の瞳がミゲルを射た。
「――イザークは自分のものになった・・・とでも言いにきたのか?」
ミゲルは顔色も変えず、そんな相手の視線を淡々と受け止めた。
「――立てよ。そんなんじゃ、話せねーだろ」
ミゲルは傍まで近づいてくると、身を屈めてアスランに手を伸ばした。
アスランは敢えて無視するかのようにその手から目をそらすと、のろのろと立ち上がった。
改めてミゲルと向かい合う。
「・・・俺にはおまえと話すことなんか何もない・・・」
投げ捨てるように言うアスランに、
「そっちになくたって、こっちにはあるってーの!」
ミゲルがやや語調を強めた。
アスランに向ける眼差しがきつくなる。
「・・・おまえなあ・・・昨夜のあんなの見りゃあ、さすがの俺も一言言わずにはいられねえよ。――いくらなんでもあれはないんじゃない?おまえ、SMの趣味でもあんのかよ?・・・なに怒ってたのかしらねーけど、何もあそこまでやるこたあねえだろうが・・・!」
ミゲルは一気に言うと、軽く息を吐いた。
言いながら、昨夜のイザークの姿を思い返して、再びむらむらと憤りが込み上がってくるのを感じた。
「・・・あんなにあいつをぼろぼろにしちまって・・・おまえ、一体どういうつもりなんだ?!」
自然と声が荒々しくなった。
ふと・・・
アスランが笑みを洩らした。
ミゲルは眉をしかめた。
「・・・おい、何笑ってる?俺はマジに言ってんだぞ!」
アスランは目を上げた。
「――で・・・あの後、慰めてやったんだ?・・・おまえが――・・・」
挑むような語調。
(・・・何だ・・・こいつ・・・!!)
ミゲルはむっとした。
――まるで全て見透かしたかのような・・・
イザークと寝たことには変わりない・・・。
自分の欲情に溺れて・・・衝動で・・・あいつを自分のものにした・・・。
――おまえも俺と同じだと・・・
(・・・そう・・・言いたいのか・・・?)
ミゲルはなぜか、自分自身の中でわけのわからない苛立ちが募ってくるのを感じた。
「・・・ああ、そうだよ。悪いか?」
ミゲルは憮然と言い返した。
「・・・俺はおまえのような強姦魔じゃねーからな。――優しく抱いてやったぜ」
そう言い切ると、昂然と相手を見返す。
アスランの瞳が一瞬蒼く燃え立ったかのように見えた。
「――やっぱり、そうか・・・おまえ、その前からあいつと・・・」
恨みがましい口調で呟く相手の言葉を解しかねて、ミゲルはふと首を傾げた。
アスランの言わんとしていることがよくわからない。
――前から・・・って・・・?
(・・・俺と、イザークが・・・?)
つまり、ずっと前からそういう関係だったって・・・
そう、言いたいのか、こいつは・・・?
「ちょ、ちょっと待てよ・・・勘違いすんな!言っとくが、俺があいつと寝たのは昨夜が最初で最後だ・・・俺はその手の趣味はねーんだからな!」
(・・・いわゆる、成り行きって奴で・・・)
ミゲルはそっと心の中で付け加えた。
(・・・あれは・・・そうだ・・・たまたま、俺がああいう場面に出くわして・・・その・・・なんでか・・・気が付いたら、ああいうことになっちまってた・・・)
ミゲルは途方に暮れたように目を閉じた。
――くそっ、何でかなんて聞くなよ。・・・俺にだってわかんねーんだ・・・。
俺だって・・・正直、ビックリしてんだからな・・・。
・・・ふと、ミゲルは気付いた。
(・・・ちょっと待て・・・何だよ、俺・・・さっきから・・・必死で言い訳考えてる・・・?)
イザークを抱いたのは、単なる偶然で、自分の意志ではなかったと言いたいのか・・・俺は・・・?
あいつを抱いたのは・・・たまたま・・・放っとけなかっただけで・・・。
本当に成り行き上、仕方なかった・・・
そう・・・万に一つの偶然・・・ただそれだけのことだったと自分自身に言い聞かせでもするかのように・・・。
そんなミゲルの戸惑いも知らず、
「・・・嘘だ・・・」
アスランはミゲルを火のついた眼差しで、激しく睨みつけた。
「・・・俺は見たんだ・・・おまえの部屋から出てくるあいつの姿を・・・あのとき――・・・」
アスランは不意に言葉を途切らせた。
(・・・あのとき、おまえがイザークに・・・くちづけているところを・・・俺はこの目ではっきり見たんだ・・・!)
あの瞬間・・・自分の中で一気に湧き上がった焼けつくようなあの熱い感情――
怒りが体を激しい勢いで苛み・・・彼を暴走させるきっかけとなった・・・。
(おまえの・・・せいだ・・・!!)
そのとき、アスランの瞳に映る凄まじい妄執めいた光がミゲルの心をぞくりと震わせた。
(・・・これは・・・何なんだ・・・?・・・)
ミゲルは戸惑いを隠せなかった。
――これは・・・この瞳に映るものは・・・
「・・・嫉妬・・・か?」
ミゲルは愕然と呟いた。
――俺の・・・せいか・・・?
アスランがなぜあんなに暗い目で自分を見つめていたのか。
なぜアスランがイザークをあんな風に虐めたのか・・・。
・・・彼はようやく・・・今まで起こったことの全てを理解したような気がした。
(・・・アスランの奴・・・)
そんなに、イザークが好きなのか・・・?
その想いの強さ・・・あまりの激しさに、改めてミゲルは驚かざるを得なかった。
同時に・・・
――悪いことをした・・・。
胸の内にたちまち後悔の念が渦巻いた。
イザークに対して・・・。
あのとき・・・軽い気持ちで、彼の頬にくちづけた。
それがこれほどまでに、アスランを嫉妬に狂わせるきっかけとなってしまったとは・・・。
その結果・・・間接的にとはいえ、イザークを傷つける原因を作ったのは自分だ。
――俺のせいで・・・!
ミゲルは固く目を瞑った。
・・・すがりついてきた、あの華奢な身体。
潤んだ薄青の美しい瞳の色が瞼の裏にまだ強く焼きついている・・・。
(イザーク・・・!!)
やるせない思い。
苦しいほどに・・・悔恨の情が胸を苛む。
だが・・・
もう全て済んだこと。
今更、どうにかできるものでもない。
――嫉妬・・・か・・・。
ミゲルは瞼を上げた。
(・・・そうだったのか・・・)
胸を駆け巡る種々の思いを敢えて抑え込むと、ミゲルはようやく口を開いた。
「アスラン・・・おまえ、どうしてそんな風に思っちまったんだよ。あいつに確かめもしねーで・・・」
「確かめようとしたさ。だが、あいつは何も答えなかった・・・」
アスランはそっと目を伏せた。
「だから・・・俺は・・・」
彼の声は微かに震えているようにも聞こえた。
「・・・俺は・・・っ・・・!・・・」
あとは言葉が続かない。
アスランは俯いたまま、ただ黙り込んだ。
ミゲルは溜め息を吐いた。
「・・・おまえさあ・・・ほんとにあいつのこと好きなら、もう少しあいつを信じろよ。・・・好きなら・・・もっと大切にしろ。――あんな風に・・・あんな風に、傷つけんな・・・!」
――てめえの一時の感情で・・・!
ミゲルは胸の中にさらに吐き出した。
やりきれねーな・・・と思った。
きっかけはどうあれ・・・
結局、自分もあの後、イザークを抱いた。
衝動的に抱き締めて、くちづけて・・・
気が付けば、すべて終わった後だった。
イザークは抵抗しなかった。
むしろ、彼に必死ですがりついてきた・・・あの腕に抱いた柔らかな感覚が生々しく甦ってくる。
あれは・・・何だったのだろう。
あれで・・・良かったのか?
ミゲルはふと疑念を抱いた。
――あいつのことを・・・
(・・・好きだ・・・)
あのとき、確かにそう・・・思った。
少なくともイザークを抱き締めた瞬間、彼はそんな自分の気持ちを・・・信じた。
そう・・・思っていた。
しかし・・・
果たして・・・本当にそうだったのか?
あるいは、あれも一時の感情で動いた結果だったのではなかったか・・・?
――俺に、アスランをどうこういえるのか・・・?
ミゲルは困惑した。
自分でもわからない感情が胸を駆け巡っていくのを感じる。
――同情・・・?
――哀れみ・・・?
そう思った途端、思わずどきりとした。
(・・・哀れみで、あいつを抱いたのか・・・俺は・・・?)
ミゲルは複雑な表情を浮かべた。
自分で自分がいやになる。
もし、そうなら・・・
――自分も、最低だ・・・。
(・・・俺も・・・あいつにひどいことをしたのかもしれないな・・・)
そんな自嘲にも似た――
何ともいえぬ、苦い思いが彼の胸を満たしていった・・・。
(To be continued...)
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