残 光 (10)
どくん、どくん。
動悸がどんどん速くなる。
(ヘン……だ)
熱い人肌とそこにじわりと滲む汗の湿った感触。
全身に響き渡る心臓の熱く激しい鼓動が、頭の芯までじんじんと響く。これは、自分自身の心臓の音なのか、それとも相手の心臓の音なのか。ふと不思議に思ったのも束の間。押し寄せてくる興奮と刺激の波にいったん呑み込まれてしまうと、後はもう何も考えられなかった。
いつしか相手の心地よい愛撫に陶然と酔っている自分がいた。
歯で胸の突起を摘まれ、舌先で転がされるとぴりぴりっとするその刺激に忽ち体が反応する。
――あ……や……だ……っ……
(やっぱり、こんなの……駄目だ……っ!)
必死で抵抗しようとして、口を開いてもそこから出てくるのは、快楽に酔いしれる、まるで自分ではない、別人のようなもう一人の自分の発する乱れた喘ぎ声。
我ながらいやらしい声を上げているというほんの僅かな自覚があった。羞恥に頬が火照る。
ダコスタの愛撫は段々エスカレートしていくようだった。そしてそれに驚くほど素直に反応している自分の体。たまらなく、恥ずかしかった。
――一体なぜ、こんなことに……。
親切ごかしに、俺の体を犯そうとするこいつは……。
犯す……自分は、犯されようとしているのだろうか。
それとも――
(――悪いが、もう、止められそうにない)
そう、奴は言った。
止まらない。
止められない。
それは、たぶん自分も同じなのだろう。
体を蝕む熱い疼き。激しい欲情の波。
それはあまりにも一方的で、強く、激しすぎて……。
熱くうねるような快感の波に抗う間もなくどんどん押し流されていく。
もう、何も考えられない。
もう、どうでもいい。
そんな気になるほどに。
――あ……うああっ……!
乳首を思いきり強く吸われたとき、イザークは息のできなくなった魚のようにぴくぴくと四肢を痙攣させながら、喘いだ。
体が、疼く。
体が、こんなに熱い。熱くて、熱くて、息もできないくらい……。
(――俺が、嫌か……?)
先程のダコスタの声が、脳内にまだ反響している。
――もう、何も考えるな……
何も考えなくていい。
自分を受け容れてくれるこの逞しい体に全てを委ねてさえいれば、それで……。
――そう思ったとき、彼は小さな子供のように相手の体にぎゅっとしがみついていた。
涙が頬を濡らしている。
自分はまた、泣いている。
なぜ泣いているのか、わからない。
でも、止まらない。止めようとも思わなかった。
涙とともに、自分を苛んできた苦しみも一緒に押し流されていくような気がした。
胸の中を覆っていたあの虚無感が消えていくかのような。
この男の腕に抱かれながら、今、自分は独りではないのだ、と思った。すると無性に嬉しくなった。不思議な安堵感が広がる。
――自分は、この男に癒されている……。
だから、このままこの男と交わることに、もう何の抵抗も覚えなくなっていた。
この気持ちが何なのか、はっきりとわからぬままに、素直に体を差し出していた。
この男の胸は、安心できる。
なぜか、そう確信できた。
すると、ふと……思い出した。
こんな風に抱かれた胸。
最後に抱かれたのは……いつだったか。
あの優しい息遣いや、暖かい肌のぬくもりを直に感じたのは。
あれは……いつのことだったろう。
それを思い出したとき、不意に傷がずきん、と痛んだ。
「……つっ……!」
急にイザークは額に手を当てた。激しく顔を歪めるイザークに、
「どうした……?」
気付くと、すぐ前に気遣わしげなダコスタの顔が見えた。
それを見た瞬間、幻の空間から現実に戻った。イザークはふっと息を吐き出した。まだ、傷が疼いているように感じる。気持ちが悪い。
「う……」
ぽろぽろと零れ落ちる涙の雫が頬を伝い落ちる。
何でもない振りをしようと手の甲で両目を強く擦ってみたが、無理だった。
急に涙を止めることはできない。
かえって目が痛み、余計に涙が溢れた。
ダコスタは目を瞬いた。
「そんなに、苦しかったのか」
さっきの濃厚なキスを指して言っているのだろう。
困ったように首を傾げる相手の顔が、少しおかしかった。
おかしかったから、泣きながら、ほんの少し笑った。
そんなイザークの顔を見て、ダコスタは不思議そうに笑った。
「おかしな奴だな」
そう呟くように言いながら、指でそっと少年の目尻を拭ってやる。
「そんなに泣くなって。……何だか俺が苛めて泣かしてるみたいじゃないか」
「……うるさい……」
ようやく小さな声が唇から洩れた。
掠れる喉を無理に振り絞るように、続く言葉を吐き出した。
「……別に……泣きたくて、泣いてるわけじゃない。……勝手に出てくるんだから、仕方ないだろう……っ!」
気が付くと、馬鹿みたいに高い声でヒステリックに叫んでいた。
言った瞬間、みっともなさに頬が熱くなった。
黙っていればよかった、と一瞬後悔する。
ダコスタは屈託なく笑った。
「わかった、わかった。そう怒鳴るな。耳が痛くなる」
冗談めかして宥める相手の口調が少し癇に障り、イザークは涙目のまま相手を睨みつけた。
「くそっ……」
情けない自分の姿を思うと、羞恥心でいたたまれないような思いがした。あまりの恥ずかしさに目をそむけ、相手の腕から抜け出そうと軽くもがいた。
しかし、ダコスタは彼の体を離さなかった。
「暴れるなって……大丈夫だから」
子供をあやすような口調。
悔しいけれど、それが心地よく聞こえてしまう、そんな自分自身に苛立った。
「離せよっ……離せっ!……やっぱり、部屋に帰る!」
しかしもがけばもがくほど、相手の腕はますます強く体に喰い込んでくるようだった。
「くそっ……離せったら!」
「駄目だ」
「離せよっ!」
「駄目だ。離さない」
痛いくらい抱きしめられて、イザークは思わず呻いた。
(痛……っ……)
「……あ……っ……!」
体が床から僅かに浮き上がったかと思うと次の瞬間にはうつ伏せに倒されていた。
上から男の体が馬乗りになる。
一気に大人の男の重量がかかり、今度こそ床に縫いつけられたような状態で全く身動きができなくなった。
ズボンを引き下ろされると、相手から何をされようとしているのかが今やはっきりとわかり、イザークはどきりとした。
(あ……)
それを、予感した。
この男と交わることを自分は心の底では拒んではいない。それはわかっている。
しかし……。
イザークはくっと唇を噛んだ。
いきなり、こんな乱暴な挿入は嫌だ。
相手の塊が尻に当たる気配に、ぞくっとした。
さっきまであんなに優しかった相手が、急に荒々しい野獣と化してしまったかのようで、少年はその急激な変化に戸惑い、同時に怖くなった。
「ちょっ、ちょっと待てっ……!」
押さえつけられた腕の下から逃れようと焦る。
「だから、暴れるなよ……」
呆れたような囁く声がしたかと思うと、宥めるように首筋を舐められた。その感触がやけに艶めかしくて、ぞくっと背筋が震えた。
そのとき、一気に両足を開かされた。何の準備もなかったその狭い隙間にいきなり指が潜り込んできたとき、彼は小さく悲鳴を上げた。
指が一本突っ込まれただけで、肉襞が痙攣し、侵入者を拒んで口を締めつけた。
痛くてまた涙が滲んだ。
「やめ――」
――てくれ、と懇願しようとした口を片手で塞がれた。
「しっ……」
大きな声を出すな、と耳元で声が囁く。
その間にも指でしつこく弄られて、だんだんと穴が広がっていくのがわかる。体が熱くなり、がくがくと下半身が震え始めた。
指がゆるりと前に移動し、固くなり既に勃ち上がっていたペニスをぎゅっと掴む。
先端から零れる蜜に指を絡め、擦り込むようにさらに全体を締めたり緩めたりすると、イザークの体は激しく震え始めた。
塞がれた唇がぴくぴくと痙攣するように動く。
やがて、ダコスタの手は唇から離れた。
途端に、淫らな喘ぎ声が飛び出す。
「ああ……んんっ……んあ……っ……!」
必死で堪える真っ赤に染まった頬を指が撫でた。
顎をぐっと掴まれたかと思うと、顔を引き上げられ、彼は大きくのけぞった。
苦しい体勢から、強引に唇を奪われた。
前を存分に弄ばれた後、そのまま腰を引かれ、再び狭い入り口を濡れた指先が弄った。腰が震える。まるで入ってくるものを求めてひくついているかのように見えないだろうか。ぼんやりとそんなことをふと思った瞬間、容赦なく広げられた隙間に、先端部が当てられた。
(あ――)
息をつくまもなく、中へ固い塊が一気に押し込まれた。
最初の挿入に、息が止まるかと思った。
緩く腰を揺らしながら、相手のものがどんどん質量を増してくるのがわかる。かなり、きつい。
「……あああッ……!」
がくがくと体を引きつらせながら、貫かれていく痛みと衝撃にかぼそい悲鳴を上げる。
「あ……やだ……あああっ……!」
涙がどっと溢れ出た。
肉襞が擦れるとたまらなく痛み、そのたびに相手のものを強く締めつける。
痛い。痛い。痛い。
今度こそ、生理的な涙が止まらない。
羞恥も何も感じている余裕はなかった。
初めてではない痛みのはずなのに。
全身が震え、拒絶する。
――嫌……だ。
抜いて欲しい。
相手のものを中に入れているその苦しさに耐えられず、イザークはキスをする相手の舌を思わず噛んだ。
ぴくん、と相手が肩を揺らし、その唇が離れる。
同時に生臭い鉄に似た味が口の中いっぱいに広がっていた。
相手の舌と同時に自分の唇も噛んでしまったようだ。
唇の端から滴り落ちる血の色を視野に挟みながら、イザークは目を閉じた。
口の中がちくちくと痛む。
離れかけた体を再び後ろから抱き締められた。
「暴れるな、って言ってるだろう?いい子だから――」
宥めるように、ダコスタが囁く。
「力を抜いてみろ。痛いだけじゃない。ほら……感じるだろう?」
交わったまま、相手のモノがどんどん中へ深く入ってくるのがわかる。今度は慎重にゆっくりと。相手が多少気を遣っているのがわかった。
これ以上は……と、思いながら、それでも虚しくそれを受け容れるしかない。
イザークは泣きながら、堪えた。体はがくがくと震えっぱなしだったが、それが痛みからなのか、刺激に反応しているだけなのかだんだんわからなくなってきた。
何度目かに突然きたその強い締めつけに、ダコスタがはあっと一瞬大きく喘ぐのがわかった。
しかし、体を掴む力は緩まなかった。
腰を強く揺さぶられると、口をついて出ようとする悲鳴をすんでのところで押し殺した。女のようによがったり泣き喚いたりしたくはない。まだそんなくだらないプライドが自分の中に残っていたのが不思議だった。
角度を変え、浅く深くその熱く固い肉棒が自分の中を勝手気儘に犯していくうちに、やがて突き当たったある部分に、よく知った感覚が麻薬のように鋭く全身を駆け抜けた。
痛みが、一瞬緩んだ。
びくっと震えたその感触に、相手もその変化に気付いたようで、忽ち心得たようにその部分を攻め始める。
刺激が、快楽に変わった瞬間……。
彼の体はもはや理屈なしに相手のものを受け容れていた。
「あ……駄目だ、俺……っ……!」
びくんびくんと下半身が激しく痙攣する。
その気配に、ダコスタが背後からすかさず前を押さえた。
「ひ……なっ、なに……っ……」
根元から掴まれて、イザークは小さな悲鳴を上げた。
「まだ、イくなよ。もうちょっと待て」
「……って、無理――」
きつく締められて、また声が途切れる。
相手の絶頂がくるのを待つもどかしさと苦しさにどうにかなりそうになる。
「あ……あ……っ……」
もうどうにも耐えられない、と思ったとき、それは突然解放された。
自分自身が射精するのと同時に相手の熱い液体が自分自身の中にどっと吐き出されるのがわかった。
目の前が真っ白に弾けたような錯覚に陥る。彼は目を閉じ、全身を覆うそのオーガズム(興奮の波)に酔った。あまりの恍惚とした快感に意識すら定かでなくなっていた。
(イザーク……)
耳元で、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
(イザーク。イザーク……イザーク……)
子供に呼びかけるような、その甘く優しい響きに目を閉じたまま、口元を綻ばせる。
少し手を伸ばすと、肌に触れた。
暖かいほのかな温度に、ほっとする。
その手を誰かの手が掴み、撫でた。
(イザーク……)
……心地よい安堵感に包まれ、もはや瞼を開けることもなく、彼はそのまま穏やかな眠りに落ちた。
(to
be continued...)
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