残 光 (3) 『これを、見ろ』 そんな風に促したバルトフェルドの困り顔が、不意に目の奥をよぎった。 何だろう、と覗き込んだスクリーンの画像を見て、ダコスタはどきりとした。 ――これ、は……。 つい先日見たばかりの、宇宙から送られてきた最新の戦闘を記録した映像。 ガモフ艦の最後が映っていたあの痛々しい瞬間がまだ記憶に新しい。 しかし今、映っている映像はその場面ではない。 激しい戦闘の中、光線に貫かれ、無惨に爆発するシャトルの姿が生々しく映し出される。 『ああ……これは……例のシャトルですね』 『ああ、例の、あれだ。ヘリオポリスからの避難民が乗っていたっていう――』 バルトフェルドは皮肉な笑みを浮かべた。 『宣伝効果としては、最高のネタだな。いかにザフト軍が人の心を持たぬ極悪非道な戦闘集団かということを全世界に訴えかけるいい機会だ』 『……そう、ですね……』 バルトフェルドの冗談めいた言い方にもにこりともせず、ダコスタは画面を見ながらただ眉を顰めた。 (確かに、ひどい光景だ……) 戦争だ。民間人が巻き込まれることも、あるだろう。とはいえ、この映像を見ているとどうも心寒くなる。 脱出シャトルを無慈悲に貫くビーム……。 あのシャトルの中に、何人乗っていたのだろう。 中には女子供や老人もいただろうか。 ……胸が、悪くなった。 シャトルだけの問題ではない。 ヘリオポリスの消滅。民間人を含め、連合・ザフト双方にとって相当な打撃を受ける戦闘となった。 予想以上に被害が大きくなったのは、クルーゼ隊の誤算だったのだろうか。 このことに関してオーブは、どう出るだろうか。 条約を無視して連合軍の新造艦や新型モビルスーツを建造するなど、地球連合に与していたという事実がある以上、もはや中立でいる意志はないということか。 そんな風に思いに耽っていると、 『おいおい、俺の言ってること、わかってる?』 バルトフェルドに声をかけられ、不意に彼は我に返った。 『あっ、すっ、すみません。……何か?』 『……わかってないなあ。うちの奴らの間じゃもう噂になってるらしいってのに。ぼんやりするなよ、ダコスタ。ほら、もう一度この、前のところを見てみろ』 バルトフェルドは息を吐くと、映像を僅かに前に戻した。 シャトルを貫く光線。 それを吐き出すモビルスーツ。 連合から強奪した例のXナンバー四機のうちの一機。 よく見慣れた機体。 当然だろう。なぜならそれは、つい先日ここへやってきた機体と全く同じものだったのだから。 機体ナンバー――『X102』。 あっ、と声を上げそうになった。 (ということは、つまり……) 『そうだよ。あの坊やだ。イザーク・ジュール――あいつがやってくれたってわけだ。全く、困ったエリートくんだよ……』 ダコスタは頷きながら、同時にふと訝しい思いに捉われた。 このことを、一体本人はわかっているのかどうか。 戦争だから……。 確かにそのようなことも、起こり得るだろう。 しかし……。 そのことを思うと不意に体の芯がぞくりと震えるような、恐ろしく冷えた感覚に陥った。 あのような年若い少年たちにとって、それはあまりにも重い罪過であるように、ダコスタには思えたのだった。 * * * * * (奴は、あのことを知っているのだろうか……) 先程の少年の暗く燃え立つ瞳を見たとき、ダコスタは不意にそのことを思い起こしたのだった。だからこそ、余計に胸が騒いだ。 (知っていて、あんな風に捨て鉢になっているのか……) ダコスタはただ慌しく足を動かした。 廊下を出たところで、相手に追いついた。 「……待てよっ!」 そう叫びながら、ダコスタはイザークの肩に手をかけた。 ぴたっと足が止まる。 「――何だ」 じろりと肩越しに睨みつける瞳は、やはり暗い怒りを湛えていた。 「ああ……その――」 ダコスタは少し言い淀んだ。 冷静に話ができる状態ではないことは明らかだった。 しかし……何か言わずにいられなかった。 彼はためらいながらも、口を開いた。 「――もう少し、おまえと話したいと思って……」 「話、だと?」 イザークの眼がさらに険悪な光を放つ。 「話なら、もうしただろう!……あれ以上、あんたと話すことはない」 「イザーク――」 「気安く呼ぶな!」 イザークはかっとなって、ダコスタの手を強く振り払った。 怒りに満ちた瞳がふと、緩む。 自嘲するように、唇が歪められた。 「どうせ腹の中じゃ、笑ってるんだろうが。こんな風に赤服を着て偉そうにしてたって、実際には連合の機体一つ落とせやしない。クルーゼ隊が、聞いて呆れる。今の俺たちは、そのクルーゼ隊長からさえ、見放されているような状態なんだからな。……どうせ俺たちは何もできない役立たずの厄介者さ。この隊でだって、ただのお荷物でしかないんだろう。そんなことは、わかってるんだよ!だから、こんな俺たちのことなんて、気にすることはない。……もう、放っといてくれ!」 イザークをよく知る者なら、これがあのプライドの高い彼の吐く台詞かと己の耳を疑ったかもしれない。 それほど、普段の彼らしくない、卑屈な言葉の羅列だった。 そして最後の捨て台詞と共に、彼はぷいと顔をそむけると、足を速めて去っていった。 「………………」 ダコスタは何も言うことができぬまま、ただ茫然とそれを見送っているしかなかった。 (何だ、あれは……) くそっ、と舌打ちをする。 (これだから、お坊ちゃんは……) うんざりとした顔で、肩を竦める。 いかにも我儘にお育ちになったエリート坊やにお似合いの、自分勝手な言い分だ。 (せっかく、こっちが心配してやってるってのに……) 腹の底から忌々しい、と思う。 ――放っといてくれ! そうだ。放っとけば、いい。構うことはないんだ。 なのに……。 ダコスタはちっと舌打ちを繰り返した。 どうも気分がすっきりしない。もやもやする。そして……。 ――こうまで胸が痛くなるのは、なぜなのか。 こんなに奴のことが気になって仕方がないのは。 (……青かった、な……) 目の奥にまだ、あの残像が焼きついている。 奇妙に胸を波立たせる。 それは、理屈で説明のつくことではなかった。 何といえばよいのか。 (……あの色、だ) 一瞬見た、あの澄み渡る空のような透明な青。 あんなに美しい。 美しすぎて、胸が痛くなる。 ――あ……。 そのとき、不意に頭の中で『それ』が閃いた。 ダコスタは、ごくりと唾を飲み込んだ。 わかったのだ。 なぜこんなに違和感を感じるのか、が。 少年にじとりとつき纏うもの。 激しい気性の合間に、ふと覗き見える、その異常なまでの脆さと儚さ。 それは、『滅びの予兆』……つまり―― 死…… そうだ。あの目の中には、『死』の影が見える。 彼自身、意識していないのかもしれないが……。 ――『あいつ』を、討たなければ……! 奴は、繰り返しうわ言のように、そう呟いていた。 あの熱に浮かされたような口調や思いつめた表情を思い出すと、何かを討つというよりも、そこには本当は全く別の意図があるようにも思えた。 (あいつは、もしかしたら……死ぬつもりなのかもしれないな) ――『討ちたい』のではない。 ――『討たれたい』のだ。 あいつは、本当は自分が討たれることを望んでいるのだ、と。 ……ふとそんな気がした。 (くそっ……!) 腹立たしくてたまらない。 焼けつきそうな熱い胸を押さえながら、荒々しく床を踏みしめていく。かつかつと高靴の踵が床を打ちつける音が廊下に響く。 体がこんなに重いのは、単に重力のせいというだけではなかっただろう。 (馬鹿にしやがって……っ!) 怒りが怒涛のように押し寄せる。 あの目……。 困惑し、宥めるように彼を見たあのダコスタの瞳が妙に彼を苛立たせた。 嘲笑っているのか、それとも哀れんでいるのか。 外見は若く見えるのに、その悔しいくらい落ち着いた顔に突き合わされると、やはり相手と自分との年齢や経験の差を感じずにはいられない。自分がひどく青臭い未成熟な子供のように思えて、彼自身のプライドはすっかり打ちのめされてしまっていた。 (俺の求めているもの……) それが何かなんて、わかるはずがない。 俺の思いなど……。 誰にも…… 苦い映像がフラッシュバックする。 (わかるものか……!) 衝撃が襲った。 体が何か重いものにどん、と思いきりぶつかった。 弾かれた体は危ういところで倒れる前にバランスを取り戻した。 緑色の士官服が視野の隅をよぎった。 むっとしたまま、言葉を出す気にもなれず、イザークは申し訳程度に軽く頭を下げた。 そのまま通り過ぎようとしたその体を、後ろから太く逞しい腕がぐい、と引き戻した。 「待―て―よ!」 ふざけた口調だが、掴んだ腕には冗談とも思えぬ力がこもっている。 イザークは警戒するように顔を上げた。 すぐ間近から、何度か見た覚えのある兵士の陽に焼けた顔がじろりと覗き込んでいた。 ここへ来た当初から粘りつくような視線を投げていた男だということにすぐ気付いた。 「人にぶつかっておいて、それだけか。なあ、赤服のおにいさん」 逞しい体躯と、獣のような鋭い眼光に圧倒されそうになる。 「それとも、そういう風にいつもすかしてんのがあんたらクルーゼ隊の流儀なのか」 言い方に、独特の凄みがあった。 普通のものなら、それだけでいたたまれない気分になったことだろう。しかし、イザークはひるむ気配を見せなかった。 先程からの鬱積した憤りを投げつけるように、相手を負けじと睨み返す。 「……………」 しばし睨み合った後、無言で掴まれた肩を振り払った。 頭を振り上げたときには、いかにも相手を蔑むような高慢な顔を向けていた。 それを見て、男が僅かに顔色を変えるのがわかった。 「おいおい、何だよ。俺たちみたいなのとは口も聞きたくねえとでも言うのか?」 気色ばんだ男の拳が空を切る。 イザークの体が敏捷に動いた。 躍りかかってくる自分よりずっと体躯の大きな相手を身軽によけ、その足元を払う。 「このっ……!」 男の顔が怒りで醜く歪んでいるのが目に入った。 イザークの唇に侮蔑の笑みが浮かんだ。 男の動きを見切ったように繰り出される拳をことごとく交わしながら、最後に相手の懐に飛び込んで、下顎から強烈なアッパーカットを食らわした。 ぐらりと揺れかかった体の腹部にさらに思いきり拳を打ち込む。 仕上げは膝への足蹴りだった。 大きな音を立てて、派手に倒れ込んだ相手を、上から彼は冷たい目で見下ろした。 「何だっ?」 「喧嘩か?」 「あの赤服だぜ!」 いつのまにか、周囲にちょっとした人だかりができていた。 通りがかりの者や遠目から騒ぎに気付いた者までもがわざわざやってきて、一様に驚いたように目を瞠りながら、彼らを取り囲んでいる。 「おい、やられてるのはジェフの奴だぞ!」 「まさか!あいつがか」 他の荒くれた連中が不穏な表情を見せ始めた。 「生意気な野郎だ」 「しめちまうか?」 その会話の断片が耳に入ると、イザークは露骨な笑みを見せた。 「やりたい者がいるなら、かかってくるがいい。いつでも相手になってやる!」 自分は何も恐れてなどいないぞ、と言わんばかりの倣岸な物言いに、一気に周囲は険悪な雰囲気になった。 「……っ、さすが……違うぜ」 そのとき、ずず、とイザークの下で倒れていた男が蠢いた。 唇から血を滴らせながらも、不敵な笑みでくつくつと肩を揺らしながら、上体を起こしかけた、その激しく血走った双眸がイザークを見上げた。 その意味ありげな光を瞬かせる目と目が合った瞬間、イザークは初めてどきっと身を竦ませた。 (……こいつ……?) 何か禍々しい予感を感じて、彼は僅かに身を震わせた。 (……なぜ、俺は怖れている……?) 今さら、何を……。 身内に突然募り始めた恐怖の波を感じ取って、彼はわけのわからぬ不安に襲われた。 「……ふっ……さすがに、違うなあ。はっ、ははははッ……!」 忍び笑いはだんだん大きくなり、今や男は声を高め、上体を大きく揺すりながら笑っていた。 ――何が、『違う』んだ。 何が、そんなにおかしい? イザークは眉をきつく吊り上げ、笑う男を今にも殺しそうな形相で睨みつけた。 「……貴様っ!……何を笑っているっ!」 ついに、我慢しきれなくなって怒鳴りつけた。 先程までの形勢が逆転したかのように、今はイザークの顔から余裕の笑みが消えている。 「何を笑っているのか、と言っている!」 黙って笑い続ける男の首に両手をかけると、引きずり起こすように顔を目の前へ乱暴に持ち上げた。 「おい、貴様っ!なぜ、黙っている!……答えろっ!」 怒りで興奮した頬が上気して、赤く染まっている。 片方の手が相手の顔をばしっと打った。 「……ふ……っ、偉そうな口を叩くなよ。……ったく、綺麗な顔して、案外図太い奴だな、おまえ」 男はそう言うと、侮蔑的な目を向けた。 「民間人をあんな風に殺しておいて、な」 「……………?」 イザークの手の動きがはたと止まった。 「……民間人……?」 自分が聞いた言葉が信じられないというように、その瞳がふと大きく見開かれる。 (民間人を、殺した……?俺が……?) いつ?どこで? 「貴様、何のことを言っている?」 全くわけがわからなかった。 なのに、こんなに全身が震え、慄くのはなぜだ。 「……民間人とは……どういうことだ。俺が、いつ民間人を殺した?」 ――こいつは、何を言っているのだ? 悪寒がする。 何だ……。この、嫌な感じは。 男の体を持ち上げていた手から一挙に力が抜け落ちていきそうだった。 「……地上(ここ)じゃ、みんな知ってるぜ。ははっ、すげーこと、しやがるってな。民間人の乗ったシャトルを一撃ち、か。見事に一瞬で仕留めたそうじゃないか。すごいよ、あんた。やっぱり、クルーゼ隊の奴は違うよな。並の神経じゃ、とてもできねえぜ、あんなこ――」 彼は最後まで言葉を続けることができなかった。 イザークの拳に打ちつけられ、ぐあっと悲鳴を上げると、床に落ちていく。 「……ちが……う……っ……!」 イザークの顔は真っ青だった。 同時に、湧き上がるその凄まじい怒りが、青い瞳の奥から激流のように迸っている。 「……そんなこと……嘘だ……っ……!」 ――嘘に、きまってる。 ――俺を貶めるために、こいつはこんな嘘を……! 全身が熱く燃えたち、頭の中が真っ白になった。 ……No,No,No !!! 震える魂が全てを否定する。 ――そんな馬鹿なこと、ありえない……! 床に伸びた体を引き上げ、さらに狂ったように男を殴り続けた。 その鬼気迫る形相と、異様なまでの激しい勢いに恐れをなしてか、もはややめろ、という声すら上げることができぬほどに、周囲の者は硬直した様子で、ただその陰惨な光景を見守っていた。 「お、おい……」 もう、やめろと誰かが言いかけたとき、後ろから人垣を掻き分けるように金色の頭が飛び込んできた。 「イザークっ!」 叫びながら、ディアッカは背後からイザークの体に組みついた。 ぐったりとした男になおも手をかけようとするイザークの体を必死で制止しようとする。 「馬鹿っ!何やってる、おまえっ!」 暴れるその体を無理矢理押さえながら、何とか男から引き離した。 「馬鹿野郎!殺しちまう気かっ!」 そう怒鳴りつけた途端に勢い余って、後ろ向きに一緒に床に倒れた。 いてて……と床に思いきり打ちつけた背中と、さらにその体の上にまともにイザークの体重を受けた二重の痛みで、ディアッカは思わず呻き声を上げた。 何とか起き上がり、横にごろりと転がったイザークをも引き起こすと、彼は改めて相手の様子を見た。 イザークはもう暴れてはいない。さっきまでの興奮していた姿が嘘のように俯いて床に視線を据えたまま、がっくりとうなだれている。 「大丈夫か、おい……」 一体何があったんだよ、と問いかけようとその肩に手をかけたとき―― 突然、彼の体がびくんと反応した。そして―― 激しい呼吸音。前後に揺れる肩。見開かれた目は、依然として床の一点から離れようとしない。 ディアッカは驚きにはっと目を瞠った。 「……イザー……ク……?」 ――どうしたんだよ……? 「…………っ!……」 喘ぎながら、ただがくがくと痙攣するように全身を震わせているその様子はあまりにも異常だった。 「イザークっ!」 「……あ……あっ……」 微かな呻き声を洩らしながら、僅かに上向けてきたイザークの顔は今や死人のように蒼白と化していた。 ディアッカはたじろいだ。 どう対処すればよいのか……彼は困惑した。 「……何をしている!」 突然、凛とした声が空気を震わせた。 「これは、何の騒ぎだ?」 さっと通路が開かれ、踏み込んできたのはつい先程イザークと別れたばかりの赤毛の副官だった。 床に座り込んだまま、震え続けるイザークの前で、ダコスタはぴたりと足を止めた。まず最初に彼の視線は、その先で血だらけになって倒れている士官へと向けられた。 「――彼を医務室へ連れて行け」 後をも見ずに淡々と命じただけで、忽ち凍りついていた人垣が息を吹き返したかのように慌てて動き出した。 数人があっという間に、倒れている男の体を持ち上げ、抱きかかえるようにして反対方向へ去っていく。 その様子と、ダコスタの厳しい背中を見て、無言のうちにも副官の意図を察したのだろう。他の者たちもばらばらと踵を返して立ち去っていった。 周囲の者がいなくなって初めてダコスタは足元に蹲っているイザークに目を向けた。 「――立て」 鋼のような一言が、命じる。 柔らかな口調でゆったりと話す普段の彼とは明らかに違う、軍人ならではの威圧感が感じ取れた。 何も反応しないイザークの腕を、ダコスタはいきなり強く引き掴んだ。 はっと顔を上げるイザークの顔が一瞬恐怖に強張った。 「……いっ……いやだっ……!」 強い嫌悪の表情が混じる。 彼は引かれる手を戻そうと抗った。 が、ダコスタは強引にそれを引っ張った。 「あっ!……」 イザークの体が浮き上がる。 「おっ、おい!何すんだよ、あんた!」 たまらず傍にいたディアッカが抗議の声を上げたが、ダコスタは構わなかった。 「イザークをどうする気だ?」 立ち上がったディアッカはダコスタと向かい合い、睨みつけた。 「おまえは、先に部屋に帰っていろ。俺は、こいつに用がある」 ダコスタは冷静な口調でそう指示した。 逆らえぬような、厳然とした響きだった。 文句を言おうと口を開きかけたディアッカは、自ずとそれを閉ざした。愕然と立ちすくむ。 「……くそっ……はな……せ……っ!」 イザークは力なく、それでもなお無駄にあがいた。 「来い」 静かに、それでも抗えぬほど強く、命令される。 イザークは唇を噛んだ。 放せと言ったものの、実はまだ体の震えがおさまらず、手を放されれば忽ち床に崩折れてしまいそうだった。そんな情けない状態を知られたくなくて、目を伏せた。 「おまえに、見せたいものがある」 ダコスタは短く言うと、イザークの手を引いた。 軽く引きずられるように、それでももはや抗うことはせず、イザークはダコスタと共に回廊を進んでいった。 (to be continued...) |