業  火 (1)





(・・・今度こそ、逃しはしない・・・!!)
 ミゲルの顔が一瞬目の前を掠めた。
 凄まじいスピードで刃を交わす2機。
 イザークは、ただ目の前の白い機体を追った。
 
 ストライク・・・。
 白い悪魔・・・。
 こいつが、俺からミゲルを奪った。
 こいつが・・・
 そう思うだけで、全身がかっと燃え上がるかのようだ。
 
(・・・おまえの中には、まだミゲルが・・・)
 
 そう呟いたアスランの寂しげな表情(かお)・・・。
 最後に交わしたあの苦いくちづけ・・・。
 アスランの頬をこぼれ落ちた、涙の雫・・・。
 
 あのとき・・・
 
――なぜ、後を追えなかった?
 ・・・アスランを引き止めて、本当の気持ちを言えなかった・・・?
 『嘘』をついたんじゃ、ない・・・。
 俺の気持ちは・・・。
 俺の、おまえへの気持ちは・・・。
 ちゃんと、ここに・・・ある・・・。
 そう・・・
 俺は、おまえのことも・・・
 
おまえのことも・・・
 
本当は・・・
 
本当は・・・ッ・・・!!
 
・・・・・・・・。
 
 イザークの燃えるような瞳が真っ直ぐ、目の前の敵に向けられた。
 ストライク・・・。
 ミゲルを殺した・・・。
 そして・・・
 アスランの知っている、誰かが乗っている・・・。
 
その瞬間、複雑な感情が渦巻いた。
 
――そうだ・・・あいつの知っている・・・誰か・・・。
 
どんな関係だったのか・・・。
 
友だち・・・だったのか・・・?
 アスランの苦悩する表情が不意に甦った。
(・・・馬鹿な・・・!!)
 ――俺は、何を迷っている?
 イザークは雑念を振り払うように、軽く頭を振った。
 
今、惑っているだけの余裕はないのだ。
 
自分がしなければならないこと。
 
それは、ただ・・・
 
この、白い悪魔を撃ち落とす・・・!!
 
ただ、それだけしかない・・・。
 
そうしなければ・・・
 
――くそっ・・・おまえを討ち取らない限り、俺は・・・
 俺は・・・ッ・・・!!
 イザークの拳に力がこもった。
 この思いに終止符を打つためにも・・・
(・・・今日こそ、おまえを仕留めてやる・・・ストライク・・・!!)
 彼はさらにスピードを上げて、猛追した。
 
 ・・・もらった・・・!!
 ――確かにそう思った。
 敵を捕捉した・・・そう確信し、ソードを振り上げた・・・
 ・・・はずだった。
 それが・・・
 どうしたことか。
 急に、相手の動きが変化した。
(・・・何ッ・・・?!)
 驚く間もなかった。
 こちらを振り返るストライク。
 その手に光る刃・・・

 一瞬の・・・そのあまりにも素早い動きの変化に、イザークは完全に遅れをとった。
 振り上げたソードが目標を捕らえそこない、行き場を失った。
 
そして・・・
 
信じられぬように大きく目を見開いたままの彼の前で、閃光が炸裂した。
 
 爆音が鼓膜を貫く。
 頭の奥をぶち抜かれたかのように、一瞬意識が吹っ飛んだ。
 コクピットが大きく震え、まるでこのまま体がばらばらに砕け散ってしまうかのような凄まじい痛みと衝撃が襲った。
 パアーーン!!・・・とすぐ前で何かが砕け散る音がしたかと思うと、鋭い痛みが一気に顔面を襲う。
 バイザーが砕けたのだとわかるだけの正気も既に持ち合わせていなかった。
 ただ、彼は手で庇うように顔を覆った。
 痛い・・・痛い・・・っ・・・!!
 僅かに目を開けることすらできない。
 ぬるぬるとした液体が額から溢れ出て、顔面を覆っていくのがわかる・・・。
 この嫌な感触は・・・
 彼はただ、呻いた。 
 自分の喉から出るその声がひどくグロテスクに聞こえた。
 まるで、死ぬ直前に上げる断末魔の悲鳴にも似た・・・。
 手はとうに操縦桿を離れていた。
 もはや、自分がどこにいて、何をしようとしているところだったのかということすら、定かではなくなっていた。
 ――まさ・・・か・・・?
 死ぬ・・・のか・・・?
 そう思った瞬間、恐怖が全身を支配した。

 誰・・・か・・・
 たす・・・け・・・て・・・

 小さな子供のように、彼の心は弱々しい悲鳴を上げた。
 ミゲ・・・ル・・・
 思わずその名が頭に浮かんだ。
 おまえも死ぬとき、こんな風だったのか・・・。
 痛くて、苦しくて・・・
 誰かを思う暇もなく・・・
 俺・・・は・・・
 イザークはがくがくと全身が震えるのを止めようがなかった。
(・・・いや・・・だ・・・!)
 ――死ぬのは・・・いや・・・だ・・・!
 誰が俺を助けてくれる・・・?
 誰・・・が・・・?・・・

(アス・・・ラ・・・ン・・・)

 なんで、おまえ、ここにいない・・・?
 
 痛いよ・・・
 痛い・・・ッ・・・!・・・
 
『・・・ク・・・ザ−ク・・・!!』
 
どこか遠くから、誰かが呼ぶ声が微かに聞こえてくるような気がする。
 あれは・・・?
 
誰・・・だ・・・。
『・・・イザーク・・・ッ・・・返事をしてくださいっ・・・!!・・・イザークっ・・・!!・・・』

 ――い・・・たい・・・。

「・・・たい・・・」
 
初めて、言葉が洩れた。
 
痛みが・・・耐えられない痛みが・・・
 
彼はただ、叫ぶしかなかった。
「・・・いた・・・い・・・痛い・・・痛い・・・痛い・・・ッ・・・!!」
 繰り返されるその悲痛な叫び声が、硝煙を噴き上げるコクピット内を震わせていた・・・。


                                          (To be continued...)


>>next