業 火 (4) 「・・・イザーク、よせ!おまえはまだ・・・!!」 制止の声も振り切って、『デュエル』は虚空の空間へ飛び出した。 鎧のように機体全体を覆う新装備――『アサルトシュトラウド』を装着してパワーアップしたその姿はいかにも威嚇的で、その右肩に背負ったレールガン『シヴァ』の名の通り、さながら地獄より現れた復讐に燃える軍神のような迫力を感じさせた。 激しい戦闘の行われている中、デュエルは立ち塞がる敵を凄まじい勢いで次々に撃破しながら、ただ自らの目標のみを追いかけて、ひたすらに駆けた。 彼の目指すもの・・・。 それはただひとつしかない。 ――どこだ・・・? ・・・どこにいる・・・?! 奴は・・・ッ・・・! バイザーの下で、青い瞳がぎらぎらと激しく燃え立っている。 見るもの全てを焼き尽くさんとするかのような、凄まじいまでの憎悪と妄執に荒れ狂う青く昏い炎の渦。 あの憎むべき白い機体・・・。 白い悪魔・・・ あいつを・・・ あいつを、撃たねば・・・ッ・・・! ・・・この戦場に今、己がいる意味・・・。 戦う理由。 ナチュラルと、コーディネイター。 プラントの正義。 ザフトの兵士として、今ここにいる意味。 ・・・すべてが、彼の頭から吹き飛んでしまったかのようだった。 ――あいつを・・・。 (・・・あいつを、撃つんだ・・・!) 何としても、あいつだけは、この俺の手で・・・!! そのとき・・・イザークの頭には、ただその一事しかなかった。 「・・・出て来い、ストライク!!」 イザークは鬼気迫る形相で、叫んだ。 「・・・でないと・・・」 鋭い痛みに一瞬、ひきつる顔。 その痛みが、彼に思い出させてくれる。 ――おまえを撃つ意味を・・・。 痛みを振り切るように、彼はかっと目を大きく見開いた。 ・・・出てこい、ストライク・・・!!でないと・・・ 「・・・でないと、傷が疼くだろうがああっ・・・・!!」 「・・・イザーク?!」 ディアッカは、デュエルの姿を見た瞬間、息を呑んだ。 (・・・まさか・・・あの傷で、出てきたのか・・・?!) 「イザーク、この馬鹿!!・・・何で出てきた?!」 ディアッカは思わず叫んだ。 『・・・うるさい!俺には構うな!・・・それより、自分の目の前に集中しろ!』 返ってきた罵声はいつものイザークとなんら変わりなかった。 しかし・・・ あれだけの傷を受けてまだ間もないというのに、この激しい戦闘の中に飛び込んでくるとは・・・。 いくらデュエルが新装備をつけたからといっても・・・いや、むしろあの追加装備をつけた分、パイロットの体にも更に今まで以上に負担がかかる筈だ。 無茶なことをする・・・と、驚き呆れると同時に、一抹の不安が胸をよぎった。 (――鬼に食われてもいいさ・・・) たとえ、それで人の心を失ったとしても・・・ 俺は、構わない。 構うものか。 ――あいつを・・・ ・・・あいつを、撃つためなら・・・ あの時、見た・・・ イザークのあの瞳。 昏い炎の揺らめくあの瞳を覗き込んだとき、思わずぞくりと悪寒が走った。 人であって、人でないような・・・。 それは、恐ろしく冷えた感覚だった。 (・・・どうしちまったんだ、イザーク・・・) その瞬間、イザークが手の届かないところへいってしまったことを感じずにはいられなかった。 ――どうすれば、おまえを取り戻せるのだろう・・・。 自分の力ではどうしようもできないことは既にわかっていた。 それでも、思わずにはいられない。 ――こいつを、止めなければ・・・ 取り返しのつかないことになる前に・・・。 でなければ・・・ でなければ、こいつは・・・!! しかし、焦る心とは裏腹に、戦場で交戦している今、実際にはそのようなことに注意を払っている余裕はなかった。 ディアッカ自身、敵を撃破するのに精一杯で、それ以上イザークに声をかける暇もない。 (・・・くそっ・・・!!イザーク・・・!!) 視界の端で僅かにデュエルを捉えながらも、ディアッカは自分の機体を操る方に集中しなければならなかった。 ――せめて、おまえの傍に引っ付いていてやるぜ・・・!! (・・・おまえをひとりにはしない・・・!) ディアッカは後ろからついてくるデュエルに目を向けると、共に艦隊の中へ突っ込んでいった。 (・・・させるか・・・っ・・・!!) 大気圏へ降下していこうとする『足つき』。 ――ストライクがあの中に・・・!! 敵の先陣を突破して、艦隊へ迫るデュエルとバスター。 「・・・イザーク・・・?!」 イージス内のアスランは、そのデュエルが猛烈な勢いで過ぎていったとき、はっと目を瞠った。 (・・・イザーク・・・無茶するな・・・っ・・・!!) イザークが前回の戦闘で傷ついたことはクルーゼから聞いて知っていた。 なのに・・・ まさか、今回デュエルで出撃してくるとは思いもしなかった。 傷は、大丈夫だったのだろうか。 あれから、彼と顔を合わせる機会がなかっただけに・・・アスランには彼がどんな様子なのか、傷の程度すら、全くわかってはいない。 ただ、あの美しい顔に包帯が巻かれている姿を想像すると―― しかもその傷を負わせた相手が自分の大切な友であるという事実が、更に追い打ちをかけるように彼を苦しませた。 しかし、それにしても・・・ (・・・なぜだ、イザーク・・・?!) アスランは、デュエルの鬼気迫る動きに不安を感じた。 ――何か、おかしい・・・。 なぜかはわからなかったが・・・彼はその瞬間、デュエルを止めねばいけないような気がした。 ――嫌な予感がする。 何か・・・とてつもなく恐ろしいことが起こるのではないかという漠然とした不安。 ・・・イザーク・・・!! 駆け抜けていくデュエルとバスターを追いかけようとしたイージスを敵艦隊の砲火が阻んだ。 大気圏に降下中のアークエンジェルから、遂にストライクが飛び出した。 ――ストライク・・・!! 地球光を反射して白く輝くその機体を目ざとく見つけて、イザークの瞳が光った。 「・・・ようやく、お出ましか・・・ストライク・・・!!」 デュエルの手には既にビームサーベルが焔を噴き上げている。 「・・・この傷の礼だ・・・!!」 サーベルがストライクに向かって振り上げられる。 「・・・受け取れ――ッ・・・・!!」 サーベルをシールドで受け止めるストライクとの間で激しい火花が飛び散った。 ストライクはビームライフルを撃ちながら下がろうとするが、それを許さぬようにデュエルはなおも猛烈な勢いでサーベルを突きつけながら追いすがっていった。 息もつかせぬような激しい攻防が続く。 ――ストライク・・・!! 落ちろ、落ちろ、落ちろ――ッ・・・・!! イザークの凄まじい猛攻に、ストライクはやや押され気味になった。 (・・・何だ、これは・・・?!) ストライクのコクピットの中で、キラ・ヤマトは驚愕と戦慄に打ち震えた。 ・・・感じるのだ。 相手の憎しみが・・・。 憎悪の渦が・・・。 彼の目の前に怒濤のように渦巻いている。 鬼神のようなデュエルの姿に、彼は心の底から戦慄を感じた。 見えない相手から伝わるそのあまりの妄執の深さに、彼は圧倒された。 どうして・・・? どうして、こいつはこんなにも自分を憎んでいるのか・・・? ただ、彼は恐ろしかった。 しかし、落とされるわけにはいかない。 自分には守らねばならないものがある。 守らなければならない、大切な人たち・・・。 そのときふと、折紙の花を差し出した小さな女の子の輝くような笑顔が、目の前を掠めていった。 キラは操縦桿を握る手に力を込めた。 「イザーク・・・!!」 イザークは・・・?! ディアッカが、アスランが、同時にそう思ったとき・・・ ガモフ艦がメネラオス艦に向かって動き始めていた。 「・・・ゼルマン艦長――!!」 ニコルが苦悶に満ちた叫びを上げている。 ガモフが・・・?! ディアッカは目を瞠った。 嘘だろう・・・? ・・・そんな・・・っ・・・!! 「・・・イザーク、戻れ――ッ・・・!!」 叫ぶディアッカの声も、ストライクを撃つことに必死になっているイザークの耳には全く入ってはこない。 イザークの目には、ただストライクしか映っていない。 限界地点で、ただ2機は執拗に刃を交わし続ける。 まるでその他のものの存在は全く目に入っていないかのように・・・。 落とせそうで、落とせない。 イザークの苛立ちが募った。 「くそっ、こいつ――ッ・・・!!」 「おまえなんかに・・・ッ・・・!!」 キラも必死で抗戦している。 ストライクの猛烈な蹴りがまともにデュエルにヒットし、その勢いでデュエルを一瞬引き離した。 その間隙を利用して、ストライクはその場から素早く離脱しようとした。 しかし、体勢を取り戻したデュエルはそれを許そうとはしなかった。 「・・・逃がすものか・・・!!」 イザークは怒りに顔を引きつらせながら、逃れていこうとする敵にライフルを向けた。 キラもそれに備えて応射の姿勢をとる。 そのとき―― 2機の間を横切っていく何かが、彼らの視界を突然さえぎった。 突然入った邪魔もののお陰で、イザークはライフルの照準を外した。 「・・・くっそおおお――っ・・・何なんだっ・・・?!」 イザークの口から忌々しげな呪詛の叫びが上がった。 照準の外れたビームが虚しくストライクの周囲を掠めていった。 「・・・くそっ・・・よくも、邪魔を・・・っ・・・!!」 イザークの憎悪に満ちた瞳がなおも横切っていく小さなシャトルに向けられた。 こんなときに・・・ 忌々しいっ・・・!! 敵艦から、離脱してきたシャトルだ。 どうせ、乗っているのはいち早く戦線から退こうとする腰抜け兵どもだろう。 「・・・この・・・っ・・・!!」 その瞬間、狙いを外したイザークの怒りが一挙にシャトルに向かって噴出したかのようだった。 デュエルのライフルの先がゆっくりとシャトルに向かって動いた。 それに気付いたとき、相手の意図を察してキラは震撼した。 「・・・やっ、やめろおおお――っ・・・!!」 キラはコクピットの中で絶叫した。 「それには・・・・っ・・・・!!!」 それには・・・ ・・・少女の笑顔。 (――大丈夫よ。このお兄ちゃんが、必ず守ってくれるから・・・) ・・・やめろおおおお――ッ・・・!!! ・・・それには・・・ ・・・それには・・・ッ・・・!!!・・・ コンソールの間に挟んであった紙の花がふわりと空に舞った。 シャトルを助けようと、虚しく手を伸ばすストライクの目の前で・・・ 「・・・戦場を逃げ出した、腰抜け兵どもがっ・・・!!」 まさにライフルを発射しようとしたイザークの耳に、その瞬間・・・ (――いけない、イザーク・・・!) 頭の奥で・・・ 何ものかの強い制止の声が聞こえたような気がした。 イザークは一瞬、はっと指を止めた。 ――だ・・・れだ・・・?・・・ (――そのボタンを押すな・・・) (・・・撃ってはいけない・・・イザーク・・・!!) 懐かしい・・・声・・・。 あれは・・・・? これは・・・幻・・・なのか・・・? 遠くで、金髪に包まれた優しい笑顔が揺れていた。 イザークは目を細めた。 ミ・・・ゲル・・・? おまえ・・・なのか・・・? イザークの動きを止めた指先。 不思議な戸惑いに全身が麻痺したかのように、彼はその場に硬直した。 (――なんで・・・ミゲルの声が・・・?) イザークは動揺した。 ――撃っては・・・いけない・・・だと・・・? なん・・・で・・・? しかし―― ・・・幻覚は、すぐに消えた。 途端に彼は現実に戻った。 スクリーンに映る、標的の姿。 幻は去った・・・ ・・・はずなのに・・・ なぜか、彼は・・・迷った。 体の内奥からぞくりと悪寒が走った。 ・・・自分は、何か恐ろしいことをしようとしているのか・・・? 今にもライフルの照射ボタンを押そうとする指先が微かに震える。 ――馬鹿な・・・!! 気のせいだ。 こんなときに、俺は何を迷っている・・・?! 彼は敢えてそのような迷いを振り払った。 氷の鎧が、心を覆っていく・・・。 一瞬の躊躇いが過ぎ去った後・・・ 彼は今度は間違いなく、『引き金』を引いた。 「・・・やめろおおおお――ッ!!!・・・」 誰かの叫びが、虚空を虚しく引き裂いていく。 ・・・同時にデュエルのライフルから発射されたビームが、真っ直ぐに伸びて、シャトルを無情に貫いた。
(To be continued...) |