業  火 (5)





(・・・やめろおおおおお――――――ッ!!!・・・・・)
 
 ストライクが手を伸ばした先で、デュエルの発射したビームに貫かれたシャトルは無残に砕け散った。
 届かなかった手が虚しく空を掴んだまま・・・
 白い機体は焔に焼かれ、赤く色を変えながら、急速に落下していく。
 血の滲むような、凄まじい苦悶の叫びを残して・・・あたかも地獄の底へ向かって転落していくかのように・・・
 
(・・・なっ・・・?)
 イザークは、ストライクが落ちていくのをただ呆然と見送っていた。
 激しい衝撃に、体がすくんで動かない。
 脳内をいつまでもこだまする、その叫び。
 ・・・どこから聞こえてくるのか。
 ・・・あれは、誰の声だったのか。
 ――イザークには、わからなかった。
 ただ・・・その瞬間、イザークは理由(わけ)もなくショックに打たれた。
 何という・・・悲痛に満ちた叫び。
 苦しい。
 息を吐くことさえままならぬような・・・あまりにも胸に重く響く・・・
 激しい苦痛と悲しみの波が怒濤のように一気に押し寄せてくる。
(・・・あ・・・ッ・・・・!!)
 彼は思わず悲鳴を上げそうになった。
 それを何とか押しとどめ、必死で自分自身を制御しようとする。
 冷や汗が流れた。
 イザークは荒立つ呼吸を何とか抑えた。
 ――錯覚だ。
 彼は頭を振った。
 ――落ち着け・・・惑わされるな・・・!!
 幻覚が通り過ぎていっただけだ。
 自分は神経過敏になりすぎている。慌てるな・・・!
 ストライクを前にして・・・。
 興奮しすぎていただけだ。
 冷静になれ。前を見ろ・・・。
 自分の目標は・・・ストライクだったはずだ。
 他には、何もない。
 しかし――
 当のストライクは既に彼の視界から消えていた。
 視界の端に最後に映った、あの手を伸ばしたストライクの姿・・・
 何か大切なものを必死で掴もうとしているかのような・・・。
 その姿は、なぜかひどく霞んで見えた。
 まるで・・・
 泣いているかのように――
 ストライクが・・・それとも、自分が・・・?
 
・・・イザークは・・・凍りついた空間の中で、さっきから全く動こうとしていない自分に気付いた。
 動こうとしていない――いや、動けなかったのだ。
 コクピットの中で、ひとり彼は震えていた。
 一体、なぜ・・・?
(・・・なんだ・・・この、嫌な感覚は・・・ッ・・・?!・・・)
 ひどい不快感に、嘔吐すら覚える。
 炎に包まれ、砕け散る小さな機体・・・。
 ばらばらと舞い散る金属体の破片が塵芥のように虚空を漂う。
 人の体の肉片も交じっていただろうか・・・。
 ・・・止むを得まい。
 ここは、戦場なのだ。兵士なら、常に死を覚悟して戦うもの。
 ましてや先んじてシャトルで脱出しようなどと・・・簡単に戦場を放棄しようなどと考えるからこのような目に会うのだ。
 ナチュラルどもの考えそうなことだ。
 イザークは拳を握り締めた。
(・・・なんだ、俺は・・・なぜ、こんなに震えが止まらない・・・?)
 なぜ、体が震えるのか・・・彼にはその理由がわからなかった。
 
 ――自分は・・・何か、間違ったことを・・・したのか・・・?
 
 不意に、弱気が頭を擡げた。
(・・・馬鹿な・・・!!)
 そんなはずはない・・・!!
 自分が何をしたというのか・・・?!
 自分はただ、敵を撃っただけだ。
 戦争で、目の前の敵を撃つ・・・それのどこが間違っている?!
 どこが、間違って・・・・・・?
 
 ――ガクンと大きく機体が揺れた。
 ・・・彼はハッと我に返った。
 
凄まじい轟音と振動がデュエルを震わせる。
 いつのまにかコクピット内は激しい熱気と振動の渦に包まれていた。
 限界地点・・・あまりにも、大気圏に近づきすぎていたのだ。
 バイザーの中で、汗ばむ肌に包帯の下の傷がじくじく痛みを増した。
 しかし、そのようなことを気にしている余裕はなかった。
(・・・このままでは、地球の大気に引き込まれる・・・!)
 彼は慌てて機体を戻そうとした。
 しかし――
 ・・・既に遅かった。
(・・・戻れない・・・っ・・・?!)
 イザークがそう思ったのとほぼ同時に――
『・・・ダメだ!戻れない・・・!!』
 不意に通信回線から、ディアッカの声が聞こえてきた。
『・・・聞いてるか、イザーク・・・!!俺たちも、このまま降下するぞっ・・・!!』
 ――この機体で・・・大気圏に突入するのか・・・?
 イザークは、息を吐いた。
 目の下に迫る青い惑星。
 戦慄が、走る。
 操縦桿を握るその手が、思わず震えた。
 確かに・・・この機体でなら、降下できるかもしれない・・・。
 だが・・・まさか、こんな風に地球へ降りるとは・・・思いも寄らぬことだった。
『イザークッ・・・?!』
 ディアッカの声が、しっかりしろとでもいうように、強く鼓膜に響いた。
『・・・大・・・丈夫だッ・・・!!』
 何とか声を絞り出して、イザークはそう叫び返した。
『・・・了解――した・・・!』
 それだけ返答するのがやっとだった。
 地球の引力に引かれて、機体が徐々に降下の速度を増していく。
 彼はコンソールパネルを操作することに集中せねばならなくなった。
 突入角度を調整・・・耐熱制御システム稼動・・・
 加速するにつれ、コクピット内の温度がどんどん上昇していく。
 凄まじい熱気に包まれて・・・疼く傷の痛みに耐えながら、イザークは必死で操作盤を目で追った。
 こうなると、片目しか使えないのが辛かった。
 しかし、やるしかない。
(・・・そうだ・・・俺は、まだあいつを仕留めていない・・・!!)
 ――ストライクを・・・
 奴をこの手で討ち果たすためなら・・・
 ・・・たとえ、地獄の焔の中へでも、追っていくさ・・・!!
 イザークは歯を食いしばって、全身に襲いかかる抵抗と衝撃に耐えた。
 凄まじい負荷がかかる。
 しかし、気を失うわけにはいかない。
 ・・・こんなところで、死ぬわけにはいかないのだ・・・。
(・・・そうだ。俺は、まだ死ねない・・・!!)
 イザークは、挑むように目の前の赤い焔を真っ直ぐ睨みつけた。
 ――何もかも、焼き尽くすがいい。
 彼はその瞬間、自分がもはや引き返せぬところにまできてしまったことを、無意識に感じ取っていた。
 だが・・・構うものか。
 焔の熱い感触がむしろ彼には心地よかった。
 肉体が痛めつけられれば、痛めつけられるほど・・・彼の胸は激しい闘志に熱く沸き立つのだった。
 この地獄を潜り抜ければ、もはやこれ以上、落ちるところはないのだ。
 
 ――待っていろ・・・ストライク・・・!!
 ――おまえを・・・必ず・・・
 
――必ず・・・ッ・・・!!
 
 紅蓮の炎の中に、思いの全てが呑み込まれていく・・・。
 悲しみも、憤りも、その全てが・・・
 嘲笑うかのような焔の舌先に拭われていく。
 彼の心の奥底で、微かに何かが砕け散る音がしたような気がした。
(・・・イザーク・・・!!)
 自分を呼ぶその微かな声。
 自分の方へ伸ばされようとする指先の感触を僅かに感じながら・・・
 彼は振り返ることができなかった。
 大切なものが、離れていく・・・
 何かが失われていく感覚・・・
 
どこかでそれを感じながら、それでも・・・どうしようもなかった。
 自分自身の中で砕け散った薄い硝子の破片が突き刺さり、赤い色を滲ませる・・・
 その痛みさえも意識できぬまま・・・
 彼は、地獄の焔の中へ身を投じていった。
                                          (To be continued...)


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