体 温 (前編)
――その日も朝から体調が悪かった。
いや、そもそもあの一件以来、ずっと調子は悪い。
全部、あいつ・・・アスランのせいだ。
(・・・忘れてやる・・・)
確かにそう言ったのは自分だった。
そして、あいつもそう言った。
それでいいはずだった。
なのに・・・
どうしても奴のことを意識してしまう。
未だにあいつを直視することができない。
たまたま視線が合おうものなら、たちまち頬が・・・そして体全体が、かああっと燃え上がるように熱くなる。
しかし・・・あいつはどうしてあんなに平然としていられるのか。
イザークは恨めしかった。
元はといえば全部あいつが始めたことなのだ。
なのに・・・
あの一件以来、こんなにもこちらの心はかき乱され、なかなか立ち直れないでいるというのに・・・
何であいつはあんなにも冷静な面持ちでいられるのか。
奴の様子は、それまでと全く変わらないアスラン・ザラだった。
本当に、まるきり何事もなかったかのように――。
(・・・くそっ・・・!!)
全く忌々しい。
――今日のシミュレーションでの数々の失態を思い出し、イザークは苦々しさにほぞを噛む思いだった。
タイミングが合わず、好機に何度も敵機を捕捉し損ねた。
『・・・イザーク、何してる!しっかり照準合わせろ!』
・・・そんな風にアスランに何度も怒鳴りつけられたことがまた情けなく、腹立たしい。
しかも、その叱責は正当なものだった。
反駁のしようもない。
――そうだ。
奴は正しい。
実戦なら、確実に殺られている。
・・・赤服のエースらしからぬミスを何度も犯した。
激しく自己嫌悪に陥った。
こんなのは、俺じゃない・・・!
イザークは悔しさと憤りに歯を喰いしばりながら、シュミレーションを終えた。
「あ、おい、イザーク!!」
声をかけようとするディアッカを一顧だにせず、勢いよく部屋を出て行く。
「・・・なんだあ・・・あいつ・・・!」
ディアッカは呆気にとられた様子でそれを見送った。
次いで、後ろからきたアスランにじろりと視線を送る。
「・・・なあ、あいつ、ほんとヘンなんだけどなあ・・・アスラン、おまえ、ほんっと、なんも心当たりねーの?」
「さあな」
アスランの返事は素っ気なかった。
ディアッカは眉をひそめた。
――秘密
・・・の匂いがする。
しかも・・・
(絶対、原因はこいつだ・・・)
ディアッカは直感的にそう嗅ぎ取っていた。
しかし、あまり深くは首を突っ込みたくないような気もする。
ただの喧嘩や小競り合い・・・といったような類のものではなさそうだ。
あの夜から・・・
イザークは明らかにアスランを避けている。
以前は何やかや言いながらも、二人は適当に会話を交わして普通に接触していた。
それが・・・ここ数日の間、イザークがアスランとまともに口を聞いているところを見たことがない。
そういえば、イザークの口からアスランの名前が出ることもなくなった。
一日一回は必ず部屋でアスランの悪口を聞かされていたというのに。
というか、何とはなしに元気がないというか・・・。
とにかく・・・そう、静かすぎるのだ。
こんなのは奴らしくない。
(・・・なんかやだねーこういうのってさ・・・)
ディアッカは苛々しながら、軽く息を吐いた。
(・・・間にいる俺はどーしたらいいんだよ・・・ったく・・・!)
えらそうにわめき散らすイザークはうるさくて煩わしいことも多かったが、静かになればなったでまた妙に落ち着かない。
「何があったか知らないけど、とにかく・・・何とかしてもらいたいもんだな。・・・こっちはやりにくくって仕方ねーんだから・・・!ちょっとは一緒の部屋にいるもんの身にもなってみろって・・・」
「・・・なら、部屋変わろうか?」
不意にそう言われて、ディアッカは驚いてアスランを見た。
「・・・はあ?」
アスランはごく自然ににこやかな笑みを浮かべて言う。
「いいよ。たまにはイザークを預かっても・・・」
「おまえ、マジで言ってんの?」
ディアッカは呆れた。
「・・・やなんだろ。いいよ。俺ならかまわない。でもイザークは嫌がるだろうから、やっぱ無理かな」
「・・・無理だろ、そりゃ・・・。あいつ、おまえのこと、めちゃくちゃ嫌ってんだからさ。それこそ、一緒になったらおまえたちの部屋なんて、一日で崩壊しちまうだろ。・・・ま、たまには預かってもらいたいけどねー、正直言って・・・あいつのお守りも大変だからさ・・・」
ディアッカは言いながら、ひそかにアスランの表情を鋭く観察していた。
(相変わらず、何考えてんだか、読めねーやつ・・・)
でも・・・ひとつだけ、何となくわかる。
それは――
・・・こいつ、ほんとはイザークのことが好きなんじゃないか・・・ってさ。
ディアッカは不思議な思いにとらわれながら、改めてアスランを見た。
(・・・イザークは・・・どうなんだろうな・・・?)
(・・・くそっ、くそっ、くそっ・・・!!)
イザークはロッカーを拳で叩いた。
何でこんなにイラつく?
自分でコントロールできない自分が情けない。
たかだか、あんなことくらいで・・・。
しかも自分で宣言したのではなかったか?
『忘れる』と・・・。
なのに・・・いつまでこだわっているんだ、俺は・・・!
そう考えているうちに、また気分が悪くなった。
何となく、体がだるくて熱っぽい。
(やっぱ、医務室へ行くか・・・)
そう思ったとき――
一瞬すーっと寒気が襲い、目の前から血が引いていくような感覚。
体がふらりと揺れた。
倒れる・・・と思った。
(・・・あ・・・!)
その瞬間、力強い腕がイザークの体を背後から支えた。
「・・・どうしたんだ、イザーク・・・気分、悪いのか?」
その声を聞いた途端・・・
(・・・アスラン・・・!!)
イザークの体が熱くなった。
「・・・なっ、何でもないっ!!」
彼は慌てて身を離そうとした。
「・・・ってわけないだろーが。おまえ、真っ青だぜ!」
と、横から誰かが顔を出した。
ディアッカ・・・!
イザークは思わずディアッカの方へ助けを求めようと身を捩った。
しかし、その前に――
彼の体は再び揺らめき、本当に意識が一瞬真っ白になった。
崩折れそうになった彼の体がふわりと持ち上げられた。
アスランが、彼を抱え上げたのだ。
(・・・う、うわっ・・・・!!)
自分がまるで少女のように彼の腕の中に抱き上げられていることに気付いたとき、イザークはパニックに陥った。
「わっ、わっ・・・アスラン・・・ッ!!何してる、貴様ッ・・・!!」
ディアッカもいるのに・・・。
見えないが、ひょっとしたら、ニコルもそのへんにいるのではないか。
こ、こんな格好・・・!
イザークは焦った。
恥ずかしい・・・!
彼は夢中でもがいた。
「・・・お、下ろせ!早く・・・ッ!!」
しかしそれでいて力があまり入らないのは、やはり体がどこかおかしいせいだ。
(・・・くっそおおおおおーーーっ!)
イザークは平然と微笑むアスランを霞む瞳でそれでも、めいっぱい睨みつけた。
「ディアッカ、そこにいるなら、なんとかしろっ!!」
たまらず、見えない友に向かって声を張り上げる。
「・・・なんとかしろったって・・・」
ディアッカはのんびりと頭をかいた。
彼は目の前の光景に、どう反応してよいのか困惑していた。
「・・・どうせ歩けないんだし、いいんじゃない?そのままアスランに運んで行ってもらえば・・・」
「よくないーーっ!!・・・俺は自分で歩けるッ!!下ろせって・・・!!」
アスランがやれやれと肩をすくめた。
しかし抱える腕の力は抜かない。
もがくイザークをますますしっかりと腕の中にかき抱く。
「・・・いいじゃないか。何も恥ずかしがらなくたって・・・。そんなにわめいてたら、かえってみんながヘンに思うだろ?」
顔をぐっと寄せると、冷静な口調でおもむろにそう言う。
イザークは頬を赤らめ、顔をそむけた。
ダメだ。
やっぱり、こいつの顔を直視できない。
彼は目を瞑った。
全身からすーっと力が抜けていく。
体が辛いこともあって、もうどうにでもなれといった気分だった。
「くっそおおっ・・・勝手に・・・しろっ・・・!」
アスランの瞳が和らいだ。
「じゃ、行くよ、イザーク」
アスランは彼を軽々と抱きかかえたまま、ロッカールームを出て医務室へと歩き始めた。
(to
be continued...)
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