氷 滴



 
・・・熱い。
 
全身が、火のように燃えている。
 
息もできないくらいの熱波が、体を覆い込んでいる・・・
 
口からひっきりなしに漏れ出る荒い呼吸音。
「・・・苦しいのか?イザーク・・・」
 遠くの方から、微かに奴の声が聞こえた気がした。
 いかにも心配げに・・・。
 静かに、そっと囁きかける。
 目の前を紫紺色の髪が揺れた。
 途端に、忘れていた怒りが押し寄せてくる。
(・・・誰のせいだと思ってる、くそっ・・・!)
 イザークは胸の内で呻く。
 ――誰のせいだ・・・?
 ――アスラン・・・!
 
――貴様が・・・ッ・・・!
 
わけもなく、彼はただ、呪うようにそんな言葉を吐き出していた。
 
――おまえは、一体俺の何なんだ・・・?!
 
自分でもわけのわからない苛立ちや種々の思いが、一気に熱となって放散しているかのようだ。
(・・・おまえがくだらないことをするから、ますます熱が出る・・・。みんな・・・みんな、おまえのせいじゃないか・・・っ・・・!)
 ――アスラン、みんな、おまえが・・・っ・・・!!
「・・・ア・・・ス・・・ラ・・・ン・・・ッ・・・!」
 言葉が音声となって、微かに空気を震わせた。
 返事の代わりに・・・
 不意に、頬に冷たい感触が走った。
 水滴が伝い落ちていく感覚。
 その冷たさが、熱を帯びた肌には、驚くほど心地よかった。
 息が緩んだ、その瞬間――
 唇に冷たくぬるりとしたものが触れた。
 僅かに開かれた隙間をたやすくこじ開けて、それは口内へと一気に侵入した。
 ――またしても・・・
 
・・・唇を奪われたことがわかった。
(・・・なっ・・・!!)
 イザークは衝撃に打たれた。
 ――まさか・・・そんな――!
 まさに悪夢を見ているかのようだった。
(ひ、人が・・・こ、こんな状態のときに・・・ッ・・・!!)
 
・・・するか、普通・・・?!
 
こ、こんなこと・・・っ・・・!
 
怒りと屈辱で胸が猛り狂うようだった。
 
しかし、抵抗しようにも、今のこの状態ではどうにも力が出ない。
 
瞼さえ持ち上げることができないくらい、鉛のように重い体。
 
波間を漂うような頼りない意識。
 
・・・夢だと思いたかった。
 
熱に浮かされて、妙な夢を見ているだけなのだ、と。
 
しかし・・・この唇にぴたりと吸いついてくる柔らかなもうひとつの唇と、口内をしきりにまさぐる舌の感触は、夢というにはあまりに生々しすぎた。
 
かっと燃える体はますます熱を帯びてくるようだった。
 
・・・いったい、俺は、どうなってしまうんだろう・・・?
 
熱い・・・
 
熱い・・・!
 ・・・熱すぎる。
 このままじゃ、俺は・・・
 この熱に、体の芯まで溶かされてしまう――
 彼が悲鳴を上げかけた、そのとき――
(・・・ひゃっ・・・?!)
 イザークの唇がびくんと震えた。
 突然、痛いほどひやりとした感覚が口内を襲った。
 
口の中を、冷たい塊が転がっていく。
 
――氷の欠片・・・だと気付くのに、数秒を要した。
 
つ、冷たい・・・!
 
思わず舌が奥へ引っ込もうとする。
 
その逃れようとするイザークの舌を、アスランの舌先が氷をゆっくりと撫でるように転がしながら、執拗に追いかけていく。
 
溶けていく氷の滴が、二人の唾液と絡み合いながら、口腔内を冷たく浸していった。
 
ごくり・・・と、思わず呑み込んだその滴が、イザークの喉下をひんやりと通り抜けていく。
 
冷えた唾液が、ゆっくりと落ちていく感覚。
 
――気持ち悪い・・・!
 
頭ではそう思いながらも、同時にどこかでそれを心地よく感じている自分がいる。
 
アスランの唾液を呑み込んでいる・・・と思うと、なぜか妙に心臓の鼓動が高まるようだった。
(・・・なぜ・・・?)
 
俺は・・・どうかしてる。
 
こんな風に・・・いつのまにか、相手のくちづけを受け入れている自分がいることに、彼は震えずにはおれなかった。
 
――俺は・・・狂わされているのか・・・?
 
震えながら、うっすらと開いた熱を帯びた瞳の中に、深い緑の色が映った。
 
闇の中で、それは不思議なくらいにはっきりと美しく見えた。
 
唇がそっと離れ、アスランの瞳が遠ざかっていくのを、イザークは瞬きもせずに眺めていた。
 
まるで、一場の夢か幻のように・・・それは静かに視界から消えていった。
 
唇に残る冷えた感触。
 
零れ出た氷滴が、まだ顎の下をゆっくりと伝い落ちていくのがわかる。
(・・・なぜ、俺は――?)
 そう思いながらも、彼の舌は自ずと唇の淵に残るその僅かな滴の跡を、ただ貪るように舐めあげていた。
 先程の行為をもう一度、再現するかのように・・・彼の舌は、何かを求めるように、闇の中で静かに蠢いた。
 
・・・なぜだ・・・?
 俺は、何を求めている・・・?
 
答えはない。
 
ただ、闇に向かって、しきりにその名を呼んでいる自分がいた。
 
――アスラン・・・!
 
こんな妙な気持ち・・・
 
馬鹿な・・・
 
俺は、何を考えている・・・?
 
否定したかった。
 
しかし――
 
これは・・・
 
熱が体を侵食しているがゆえの、一時の戯れなのか。
 
わからない。
 
ただ、舌先から伝わる、その不思議な恍惚感(エクスタシー)に捉えられたまま、彼は再び目を閉じ、眠りに落ちた。

                                            (Fin---2004.4.3---)

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