嫉 妬(ジェラシー) (5)
意識が行きつ戻りつを繰り返している。
喘ぐ吐息と激しく胸が隆起するその感覚が、遠ざかっていこうとする彼の意識をあえて現実に引き戻していた。
我に返ると、最初のうちは彼は必死で自由になろうともがいた。
しかし、抵抗しようとするたびに強い力で押さえつけられ、何度も頬を拳で打たれた。
唇が切れ、頭の奥がじんと痺れた。
・・・口の中いっぱいに血の味が広がっていた。
いわれのない暴力に傷ついた心はすっかり萎縮しきっており、もはやほんの僅かな抵抗を試みる力すら失っていた。
頭の中が空白になり、痛みも感じられないくらい、ぼおっと意識が飛びかかった。
ぐったりとした体から上着が脱がされていく感覚がぼんやりとながらわかった。
次に瞳を開いたときには、室内の灯りが消えており、目の前一面は薄闇に覆われていた。
両腕が背に回され、きつく捩じ上げられている。
体中にきりきりとした鈍い痛みが走っていた。
何が起こっているのか。そして・・・
・・・何が起ころうとしているのか。
何とはなしに予測がつきながらも、そのあまりに不快な想像図に、敢えて彼は現実から目を背けようとした。
(・・・これは・・・悪夢・・・か・・・?)
――今、起ころうとしていることが、現実であるはずがない・・・。
しかし、虚ろな頭でそう考えた瞬間、後ろからぎゅっと体を押しつけられた。
アスランの吐息が首筋にかかった。
(・・・アス・・・ラン・・・?!)
その感触は、夢と錯覚するにはあまりにも生々しすぎた。
イザークは、もがいた。
心が激しく拒んだ。
――いやだ・・・放せ・・・っ・・・!
しかし、背後から抱き締める力はますます強くなる。
顔面を固い床に押しつけられ、イザークは思わず呻いた。
アスランの手が下半身をまさぐり、股間に伸びていくのがわかった。
「・・・や、やだ・・・っ・・・や・・・め・・・ろ・・・ッ・・・!」
イザークの声がかすれた悲鳴を上げる。
しかし、それも途中からは喘ぎ声に取って代わり、それ以上彼は何も言葉を発することができなくなった。
アスランの手がイザークのものをひとしきり弄び、そして乱暴に締めつけた。
イザークはその衝撃に、たまらず大きな声を上げかけた。
その口を後ろからアスランの空いた手がすかさず塞いだ。
「・・・しっ!・・・声を上げるなよ、イザーク・・・人がきたら困るだろう?」
そう言うアスランの言葉は妙に空々しく響いた。
実際にはこの時刻にこの部屋の前を人が通りかかる確率は極めて低いことを彼はよく知っていた。
それでもイザークの上げる悲鳴は広い室内にあまりに反響しすぎたため、思わず口を塞がずにはいられなかったのだが、その行為自体がなぜかさらに彼の中の嗜虐心を煽り立て、言いながらアスランは何となく興奮せずにはいられなかった。
そのあおりによるものか、さらにそれを握る指に力が入った。
ううっ・・・と、イザークの声がさらに高まりそうになるのを乱暴に抑えつける。
イザークの頬は紅潮し、汗が額に浮き出ていた。
その瞳は自ずと潤んでいる。
それを横目で見て、アスランはふっと笑みをこぼした。
――胸の奥がぞくぞくするような感覚。
なぜか、ひどく興奮した。
もっと、虐めたい・・・そんな嗜虐的な気分が彼の心をくすぐった。
(・・・俺は・・・どうしちまったんだ・・・)
アスランは自嘲するように一瞬目を閉じた。
なぜ、こんなことをしているのか・・・。
僅かに残っている正常な心は、やめろと叫んでいた。
しかしそれ以上に、既に暴走し始めている彼のうちに巣食うその荒々しい欲情はもはや歯止めがかからなくなっていた。
ダメだ・・・俺は今、自分を止めることはできない。
「・・・イザーク・・・愛してる・・・」
そっと囁き、相手の反応を窺う。
相手の目が大きく見開き、こちらを愕然と見返してくる、その相変わらずのいかにも処女っぽさを感じさせるような表情がアスランをさらに刺戟した。
・・・もう、初めてでもないくせに・・・。
やや意地悪く、内心そんな風に吐いてみる。
いつまでこんな風に、何も知らぬげな処女を演じるつもりなのか。
(・・・こういう姿が、逆に相手を誘っている・・・ということがわかってないのか、こいつは・・・)
アスランは息を吐いた。
自分の体がどんどん熱く、激しく燃え立っていくのが肌で感じられた。
「・・・は・・・な・・・せ・・・っ・・・」
イザークのほぼ哀願に近い呟き。
「・・・放さない」
アスランは無情に拒否した。
(・・・おまえはオレのものだから・・・)
俺だけのものなんだ、おまえは・・・!!
それを、もう一度おまえの体に叩き込んでやる。
アスランは屹立する自分のものを、何の斟酌もなく、ただ冷酷に相手の中へ一気に挿入した・・・。
突き上げる衝撃と、全身を貫いていく激しい痛みで呼吸もままならぬ中で、それでもかろうじて意識を保っている自分が不思議なくらいだった。
なぜ、こんな目に会わねばならないのか・・・そのあまりの理不尽さに彼は苛立ちと苦悶を募らせるばかりだった。
――アイシテイル・・・
相手の口から当然のように発せられたその言葉が、頭の中でただ虚しく響いた。
(・・・愛・・・している・・・?)
・・・これが、愛・・・か・・・?
イザークは、心の奥でただ蔑むように笑った。
・・・こんなのが、愛・・・なのか・・・?
・・・本当に・・・?
暴力と痛みが嵐のように吹き荒び、自分勝手な愛情と独占欲と嗜虐に溢れた空間の中に捉えられ・・・彼は絶望的なまでに無力な状態で、犯された自分の肉体と心が無残に壊されていく過程を、もうひとつの冷静な目でただじっと見つめていた。
肉体が犯される以上に・・・心の奥に刻みつけられたそのどうしようもないくらい深い傷の鋭い痛みに・・・彼は震撼した。
ただどうしようもなく、涙が溢れた。
肉体の痛みと同時に、心の奥底から発する悲鳴が彼の全身を切り刻んでいくかのようだった。
漏れ出ようとするその微かな悲鳴はアスランの激しい接吻で再び塞がれた。
入り混じった血と唾液が口角から零れ落ちていく。
体の中を熱いものが走り抜いていった。
悶絶しそうなその感覚に、イザークは必死で耐えた。
自分は・・・ただ、陵辱されているだけなのだ。
彼ははっきりとそう認識した。
そこにはひとかけらの愛すらない。
ただ、相手の激しい性欲を煽り立て、その捌け口として存在している自分の肉体がそこにあるだけ。
・・・悲しみと絶望が交差する中で、淡々と肉体は交じり合い、生理的欲求を満たす作業をただ機械的に繰り返していた。
それは、一方的に受ける性的暴力にほかならなかった。
「・・・・・!!」
ほんの僅かな快感すら感じることができぬまま、相手の体が蠕動を繰り返すたび、無理矢理挿入された肉塊が内壁を激しく擦り上げ、気絶しそうなほど強烈な痛みが襲う。
それでも気を失うことすら許されない。
喘ぐ声は、嬌声というよりむしろ苦悶に満ちた悲鳴に近かった。
・・・一気に吐き出された相手の液体が体全身を忽ち熱く沸騰させていくかのようだった。
(・・・つ・・・っ・・・!・・・)
もはや呻き声すら音となって喉から漏れてこない。
汗と涙にまみれた顔をゆっくりと振り向けると、凍りつくような冷たさを浮かべた翡翠の瞳が瞬きもせず、じっとこちらを見返していた。
――何で・・・こんな・・・?
なぜ・・・?
彼は必死で問いを投げかけようとした。
無駄だとはわかっていても・・・。
それでも――
涙が頬を伝う。
血に濡れた涙の滴が・・・
(・・・アスラン・・・!!)
声にならぬ叫びが胸の中を切り裂くように、駆け抜けていった。
そして――
・・・全てが終わったとき、イザークはようやく意識を失うことを許された。
「・・・イザーク・・・」
最後に聞こえてきたその声が自分の名を呼ぶのを、彼は遠ざかる意識の端でぼんやりと捉えていた。
何の感情も込められぬまま、言葉は紡ぎ出され・・・闇の向こうに消えていった。
(・・・おまえを・・・)
――・・・愛してる・・・
( Fin )
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