別 離(わかれ) (1)




「・・・ナチュラルなどに・・・!!」
 ミゲルは驚愕に見開かれた瞳で、スクリーンを見つめていた。
 ぞくぞくと身内を駆け上る戦慄。
 体の震えを抑えることができなかった。

(・・・やられる・・・?!)
 
――そんな、馬鹿な・・・!!
 
そんなこと、あるはずが・・・!!
 
信じられぬような現実。
 
いや、戦場にきたからには覚悟はしていたはずだ。何を今さら・・・。
 
しかし、今・・・
 
今、自分がこんな風に、まさしく生死の境界線に立とうとしているとは・・・。
 
・・・どこかで驕りがあった。
 
赤を着ていないとはいえ、クルーゼ隊の一員として・・・実戦経験もあり、後から入ってきた後輩たちにひけをとることはないと思っていた。
 
ましてやナチュラルなどに・・・!
 
それが・・・過信だったのか。
 目の前の敵は・・・強い。
 苛立ちが募る。

「そうら・・・落ちろーっ・・・!!」
 ビームライフルの照準を合わせ、放つ。
 しかし・・・奴はそれをことごとく交わしてしまう。
 いつもと確かに違う。
 それは単に機体のせいとばかりはいえなかった。
 そんなに短い時間であれだけの高性能の新型MSを急に使いこなせるはずがない。
 ナチュラルにそんなこと・・・できるわけが・・・!

 しかし、現実には・・・奴・・・あの中に乗っているパイロットは、確かにあの機体を乗りこなしている。
 ぎごちない動きではあるが、それでもあの機体があれだけの動きをしていることは、驚くべきことであるように思われた。
(・・・コーディネイター・・・?)
 不意に出撃直前に交わしたアスランとの会話を思い出した。
『友だち・・・かもしれないんだ・・・』
 どうしても一緒に来るといってきかないアスランをなぜかと問い詰めたとき、ようやくぽつりと彼はそう言った。
 あのMSに乗っているのが・・・。
 彼の昔幼年学校で同期だった幼なじみのコーディネイターの少年かもしれないというのだ。
『・・・だったら、なおさらおまえは来るな!』
 ミゲルは一蹴した。
 
――戦の場に私情を持ち出すな。
 命取りになるぞ・・・!

『本当にそうだったら・・・おまえ、奴を撃てるのか?』
 厳しく問いかけるミゲルに、アスランは一瞬間を置いてから、ゆっくりと答えた。
『・・・撃てるさ。・・・そのために、俺は――』
 その寂しげな、しかし何か決意を固めた横顔を見て、ミゲルはそれ以上彼を押しとどめるのをやめた。
『・・・よし。なら、ついて来い。だが・・・たとえ、それが本当におまえの友だちだったとしても・・・俺は容赦はしない。たとえ、コーディネイターでも・・・あのMSに乗ってるとしたら、奴は俺たちの敵だ。わかってるな・・・?!』
 そう念を押して、出てきたのだ。
 ミゲルは息を吐いた。
 やはり、あの機体に乗っているのはコーディネイターなのか・・・俺たちと同じ・・・?
 だとしたら・・・容易には落とせないかもしれない。
 そう考えて、ミゲルはちっと舌打ちした。
 ――馬鹿な・・・!!
 何を俺は弱気になっている?
 負けるわけがない。
 絶対に、負けるわけなどないのだ・・・!!
 震える己を必死で鼓舞しながら、ミゲルは操縦桿を握る手に力を込めた。
「この・・・っ・・・!!」
 ぶつかり合う、機体。
 衝撃が襲うたび、目の前を白いものが掠めていく。
 ――死ぬのか・・・?
 そんな、不吉な予兆めいたものを感じた。
 ――クソッ!冗談じゃねえ!!
 ミゲル・アイマンは歯を喰いしばってひっきりなしに襲いかかるその衝撃に耐えた。
(こんなとこで、死ねるかよっ・・・!!)
 死にたくない・・・!!
 心からそう思った。
 あいつの・・・
 イザークの顔が目の前を掠めた。
 白銀の細い髪の一筋一筋が・・・
 青く澄んだアイス・ブルーの瞳が・・・
 自分の肌をなぞるその細く白い指先が・・・
 ――絶対死なねーからな・・・俺・・・!
 おまえの顔、もう一度見るまでは・・・
 心の中で・・・自分自身に誓ったのだから――
 もう一度、おまえをこの腕の中に抱くまでは・・・絶対生き延びてやるってな・・・。

 イザーク・・・!
 おまえのこと、好きだ。
 ずっと傍にいたい。
 ずっと傍にいる・・・。
 なのに・・・
 
今、こんなとこで死にたくねー・・・
 彼はぞくりと身を震わせた。
 ――怖い・・・

 情けねえけど、俺、今すごく怖いんだ・・・!!
 死にたくない・・・けど、何か嫌な予感がする。
 この目の前の奴が・・・!!
 彼にはその瞬間、目の前のスクリーンに迫りくるX105ストライクが、まさしく巨大な死神に見えた。
 アスランの友だち・・・か。
 こいつを動かしているのが、本当にそうなのだとしたら・・・。
 ひでえな、アスラン。
 まさかイザークの件の仕返しってわけじゃねえだろうが・・・
 ひょっとしたら――おまえの友だちは、俺を地獄へ落とす悪魔になるかもしれねえぜ・・・。

 何度目かのライフルから発射されたビームが敵を撃ったと思った瞬間・・・。
 白い光の中から、奴はサーベルを振りかざし、真っ直ぐこちらへ向かってきた。
「・・・ああっ・・・!!」
 思わずミゲルは叫んだ。
 ――まさしく、白い死神だった。
 間一髪のところを何とか交わす。
 恐怖が・・・彼の心を一瞬鷲づかみにする。
 しかし、敢えて彼はそんな自分の怯えを振り払った。
(・・・クソッ・・・落としてやる・・・なんとしても・・・!!)
 ライフルを撃つが、相手の素早さに照準が追いつかない。
 そのとき、赤い機体が視界を掠めた。
 X303・・・奪取したばかりの例の機体。

 
・・・アスランか?!
「・・・回り込め!!アスランーッ!!」
 アスランのモビルスーツが白いモビルスーツを足止めした。
 間隙が生まれた。
 チャンスだ・・・!

(今度こそ・・・!!)
「もらったあーーーっ!!」
 ミゲルは横からストライクめがけて突っ込んだ。
(・・・やはり、心配することなどなかった・・・!)
 所詮、付け焼刃のパイロットなのだろう・・・。
 たいしたことはない・・・!!
 これで仕事は終わりだ。
 ・・・ストライクの発射したビーム刃を交わし、再度ライフルを発射しようとしたそのとき――
「・・・なにっ・・・?!」
 回転し、戻ってきたビーム刃がジンの足部を切断した。
 突き上げてくる衝撃。
 ――まさか・・・?!
 目を上げると、すぐ前に死神が凄まじい勢いで迫っていた。
 振り上がるソード・・・
「・・・・・・・!!」
 凄まじい振動。
 
ソードの一撃がジンを真っ二つに切り裂いた。
 
白い閃光で、目の前が一瞬真っ白になる。
「うわああああーーーーっ・・・!!」
 衝撃をくらいながら、轟音が猛る中でミゲルは悲鳴を上げた。
 機体が爆発しようとしているのがわかった。
(・・・そんな・・・っ・・・!!)
 ――嫌だ・・・死にたく・・・
(・・・イザー・・・ク・・・・・・)
 白い閃光の渦の中で、一瞬銀白色の髪が見えたような気がした。
 もはや、轟音の中で、自分の声すら聞こえない。
 ――死ぬのか・・・俺・・・?
 ミゲルはふっと目を閉じた。
 砕け散るバイザー。
 傷ついた額から流れ出る血液の生暖かい感触が自分の運命をはっきりと予感させる。
 彼はその瞬間、外界の全てと接触を絶った。
 ただそこには、不思議なくらい落ち着いた冷静な眼で自分の死を見つめる自分自身がいた。
(死ぬんだな、俺・・・)
 彼はふっと笑った。
 そっかあ・・・
 ほんとに、死んじまうのか・・・
 ――思いが・・・
 愛するものに対する、思いが・・・
 熱くたぎるようなその思いだけが、ただ切々と込み上げてくる。
 
 
 銀色の髪・・・薄青の瞳・・・
 誰よりも美しいと思った・・・
 おまえの顔・・・


 
傲慢な素振りの裏で、泣きそうなくらい震えていた、おまえの声・・・
 
俺に、抱けと言ってしがみついてきた、おまえの細い指先・・・
 
 
 おまえの肌と触れ合った、あの瞬間・・・
 はっきりとわかった。
 おまえが、好きだ。
 何よりも、誰よりも――いとしい・・・
 おまえが・・・好きだ・・・
 だから・・・
 傍にいたい・・・いつまでも。
 ずっと一緒にいような、俺たち・・・
 
 
 イザーク・・・
 ごめん。俺、行っちまう・・・
 おまえを置いて・・・
 ごめん。
 イザーク、ごめんな・・・
 
 
 ――けど・・・
 
 
 もう一度・・・
 もう一度だけでいい・・・
 
おまえを・・・
 この手の中に・・・
 抱きたかっ・・・


 ・・・その瞬間、ミゲル・アイマンの乗ったジンは凄まじい轟音と閃光の中、あっけなく空中で爆発し砕け散った。
 
 
「ミゲルーーーーッ!!!」
 アスラン・ザラの悲痛に満ちた叫び声が、硝煙の滲むヘリオポリスの空をどこまでも虚しく響き渡った。

                                          (To be continued...)


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