The Deprived (17)





(脱いで下さい……)
 屈辱的な命令だった。
 イザークは、歯を喰いしばった。
 こんな奴に言われるがまま、ここで今、裸になれというのか。
(そんなこと……できるかっ……!)
 と、一蹴してしまいたいところであったが、ハイネを人質に取られた今、彼は何も言えなかった。
 どう応じればよいかわからぬまま、彼はしばし困惑気味にその場に立ち尽くした。

 それを見るレイの目が苛立ったように揺れた。
 手の中の銃の引き金がかちりと音を立てる。
 イザークははっと我に返った。
「おい、やめろ!」
 彼は怒鳴ると同時に、軍服の襟に手をかけた。
「ほら、見ていろ――脱いでやるから!」
 イザークはそう言うと、一気に緑の軍服を脱ぎ去った。
 さらにアンダーシャツも頭から脱いだ。
 あっという間に、上半身が露わになった。
 暗い中にほんのりと浮かび上がるその白い肌が、ひどく蟲惑的に見える。
 レイは目を細め、検分するようにその上半身を見た。
 その滑らかそうな肌の上に、男の触れた跡が残ってはいないか。
 ギルの……激しく強いあの愛撫の跡が。
「……下もだ」
 鋭く言い放つレイの表情は鋼のように冷酷だった。
「……………」
 イザークは黙って相手を睨みつけると、手を下半身へと動かした。
 ブーツとズボンを脱いでしまうと、さすがに全身に冷たい夜気が染み込み、彼はぞくりと身震いをした。
 しかし相手からの促すような鋭い視線を受けて、彼は固く歯を喰いしばると、遂にはアンダーをも取り去った。
 暗闇の中に立つ、均整の取れたその美しい裸体は、どこから見ても非の打ち所がなくて、あたかも完成度の高いあの地球の過去の歴史が誇る古代美術の彫像のようにも見えた。
 レイは軽く息を吐いた。
 瞳がそばまる。その青い瞳の中には妖しく昏い焔が揺らめいている。あまりにも強い憎悪と羨望の眼差しに射すくめられたように、イザークは指先ひとつ動かすことができぬまま、その場に固まった。
 ――何だ、こいつのこの目は……。
 ただ、怖ろしさに全身が竦んだ。
 この目……
 似ている。
 その奥に潜む酷薄さ。心の底まで凍てつくような、冷えた氷の色……。
 あの人の目だ……。
 
(……誰が、おまえの主か覚えておくがいい……)
 
 突然頭の奥で、その声がこだました。
 その瞬間、イザークの体は衝撃を受けたように、がくんと大きく揺れた。
「……あ……っ……!」
 揺らめく体。
 目の前が一瞬白く弾けた。
 崩れ落ちるその体を、誰かの手が受け止める。
 ……次に目を開いたとき、すぐ間近に彼の顔が迫っていた。
 さらさらと流れ落ちてくる白金の細い髪が、頬を撫でる。
 冷たく白い面に浮かぶ、蔑むような、そしてどこか哀れみのこもった、寂しげな微笑。
「………………」
 自分を射るように見つめるその暗く冷えた双眸から、どうしても目が離せなかった。
 ――おまえは、誰だ……。
 遠くなりそうな意識を必死で保ちながら、彼はただそんな問いを繰り返した。
 ――おまえは、俺に、何を……
「……俺に、何を……望む……?」
 そのとき、レイがふっと笑った。
 ――何を、望むか……だと。
 瞳がふと虚空を彷徨う。
 何を望むのか……。
 そう……俺は、何を望んでいるのだろうか。
 望みなど……元から、ない。
 ただ、この目の前にいるあなたの存在が……。
 人を惑わす、美しいこの体。あなたの存在そのものが……。
 レイは瞳を燃え立たせた。
 俺は、あなたが――疎ましい。
 ギルがあなたを捉えたのか――それとも捉えたのはあなたなのか。
 どちらにしろ、ギルがあなたを抱いたのなら……俺はもう、それだけであなたの存在を許すことができないのだ。
 激しい感情が渦巻く中、レイは手の中のイザークを床に荒々しく押し倒した。
「……あっ、やっ……ああ……っ……!」
 忽ちパニックを起こし、もがくように身を起こそうとした相手の体の上にすかさずその全身を乗せて、強い力で押さえ込む。
 華奢に見えた外見からは想像もつかぬような腕力だった。
「は……なせッ……!」
(嫌だ……俺に、触れるな……っ……!)
 激しい恐慌が全身を震わせる。
 イザークは恐怖に慄く目を見開いた。
 頭の奥で幾度も響く呪文のような声が、彼をひときわ強い抵抗に駆り立てる。
 全身の力を込めて、組み伏せる相手の体を押しのけようとする。
 その力の強さと、眼に宿る憑かれたような狂気じみた輝きを見て、レイは眉をひそめた。
 この抵抗の強さは、異常だ。
 まさに、何か自分自身の意志を超えた力によって『操作』されているとしか思えない。
(ギルが、『刷り込んだ』のか……)
 やはり、思った通りだ。
 レイは皮肉な笑みに唇を歪めた。
 彼は、何らかの『操作』を受けている。
(ギル……)
 そんなに、彼を自分のものにしたかったのか。そんな手を使ってまで……。彼を……。
 どうしようもない憤りが全身を満たしていく。
(こんな奴に、ギルを……!)
 怒りと同時に、なぜか悲しかった。
 ギルにとって、自分の存在は何なのか。
 愛しいと言葉をかけ、抱いてくれるその指先が触れたいと本当に望んでいるのは、実は自分ではないのだ。自分を見つめていると思っていたその視線が実際には自分を突き抜け、遠い彼方に去ったもうひとりの自分に向けられているのだということを知ったとき……。自分と同じ遺伝子を持つ、もうひとつの存在……。それは自分であって、自分ではない。それを本能的に感じ取った瞬間――彼は深い絶望の底に突き落とされていく自分自身を見た。闇の中に溶け落ち、ばらばらに壊れていく自分自身の哀れなその姿を……。
「……くっ……!」
 レイは呻いた。
 心が悲鳴を上げた。全身を切り裂くような、痛みが突き上げる。
(嫌だ……っ……!)
 ――助けて……っ……!
 誰か……。
 ギル……。俺を、見捨てないで。
 ギル……ギル……どうして……?俺には、あなたしかいないのに……。
 ――レイ……。
(大丈夫か、レイ……?)
 どこかから、聞こえる。
 あの声は、誰のものか。
 ギルではない……。あれは……。
 心配そうに覗き込む、優しい紅の瞳の色が……。
 パニックになったレイの体から、がっくりと力が抜け落ちた。
「……っ……!」
 その一瞬の隙を突いて、イザークはレイを押しのけ、腕の中から抜け出した。
 はっと我に返ったレイは、忽ち逃れようとする相手の体に目を据えた。
「……この……っ……!」
 這い出ようとするその体を後ろから、捕まえる。
 二人は床の上で激しく体を絡ませ、揉み合った。
 そのうち馬乗りになって再びその体を押さえつけたレイの手がイザークの頬を勢いよく何度も打ちすえ、やがてぐったりとなったその頭ごと掴み上げると噛みつくようにその唇を吸い上げた。
「……ん……ん……うっ……!」
 いやいやをするかのように必死で顔を振り唇を離そうとする彼の頭ごと固い床に押しつけながら、容赦なく舌で口内を攻め立てていく。
(あ……ううっ……)
 その凄まじいまでの狂気じみた犯され方に、イザークの意識は一瞬遠のきかけた。
 ――や……めろ……っ……
(……くる……し……)
 ――苦しい……息が、できない。
 涙が滲む。
 口の端から血の混じった唾液が零れ落ち、床を濡らしていく。
 しかし、レイはイザークの唇を離そうとはしなかった。
 長い執拗なくちづけを強いているうちに、さしもの相手の抵抗力も次第に弱まっていくのがわかった。
 こんな風に凶暴な自分が荒れ狂っているのが、不思議に思えるほどだった。
 これは……セックス――などと呼べるものではない。
 俺は……まさに、彼を強姦(レイプ)しようとしている。
 こんなにも凶々しい感情が自分を支配しているなんて。
 そして、相手が抵抗しようとすればするほど、その感情はどんどん高まるばかりで……。
 俺は、壊れていく。このまま……。彼を犯しながら、自分自身をも……。
 ようやく唇を解放すると、ぐったりとした体を持ち上げ、その下半身を自分の方へ荒々しく引き寄せた。既に勃ち上がっているその濡れた陰茎を片手で強く締めつけると、相手の体がびくんと大きく撓み、その喉から淫らな喘ぎ声が上がる。
 自然に自身の中で獣のような欲情を滾らせながらも、一方でそんなイザークの淫らな表情を冷たい瞳で眺めているもう一人の冷静な自分がいる。
 ギルは――
 どんな瞳でこんな彼の顔を眺め、そして……
 どんな風に彼を抱いたのだろうか。
 この白く柔らかな肌に唇を這わせ、その心臓の鼓動を自分のものと重ね合わせながら……そそり立つ自身を彼の中へ突き入れ……幾度も、幾度もその内に熱い潮を注ぎ込み……。
 そう思うだけで、かっと全身の血が熱く燃え立つようだった。
 憎しみ。憤りと欲望が交差しながら、レイの中の残酷な感情がさらに激しく暴走を始める。
「……あなたは、満足だろうな。そんな風に、ギルを手に入れて……」
(……この体が、ギルを惑わせた……)
「でも、俺は違う……」
 思い知るがいい。
 このままあなたを許してやるものか。ギルを俺から奪おうとするものは誰であろうと……。
 ――あなたを壊してやる。
 俺自身が壊れる前に、あなたも……。
 氷のような瞳の刃が、イザークを突き刺した。
「な……にを……言ってる……」
 イザークは相手の意図がわからず、ただその凄まじい憎悪のうねりを感じて、怯えた。
「ギルを、このままあなたに渡してたまるものか……」
 その体に染み込んだギルの全てを、今、取り返す。
(……う……っ……!)
 イザークは本能的に危険を察知し、身を捩り最後の抵抗を試みた。
 しかし、レイは一度捕えた獲物を決して放すつもりはなかった。酷薄な光が閃く瞳が嘲るように瞬いたかと思うと、彼はイザークの下半身をさらに高く持ち上げながら、同時に軍服のベルトを外し、自分の猛る下半身を引き出した。それを相手の秘部へ押しつけようとすると、イザークの抵抗がさらに激しさを増した。
「あ……やっ……!……」
 ――嫌だ……やめ……!
 荒々しく押しつけてくる堅い肉の感触に、恐れをなしたイザークは必死で逃れようと体を捩った。
「愚かだな。暴れれば、自分が痛くなるだけなのに」
 レイは蔑むように呟いたが、それでもいい加減手の下でもがくイザークを持て余したようで、小さく舌打ちをすると、彼は相手の抗う両手を頭の上で括り、外した軍服のベルトで拘束した。
「……っ……!」
 イザークの潤む瞳を冷やかに眺めながら、レイは笑った。
 その微笑が、イザークの神経を刺激した。
「……きっ……貴様っ……いい加減に……っ……!」
 僅かに残ったプライドをかき集めて、彼は掠れた声で怒鳴った。
「……そんな格好でも、まだ偉そうな口がきけるんだな。あなたは……」
 ――でも、あんまり無理しない方がいい。
 レイは哀れむように目をそばめた。
 ――でないと、あなたをもっと虐めたくなる。
 ――そして……もっと酷い犯し方をしてしまうかもしれない……。
 相手の体に触れる手に必要以上の力が入り、やがて気付けば食い込んだ爪が白い肌の上に幾筋もの赤い糸を走らせていた。
「……………!」
 声にならぬ声が喉の奥を震わせる。
 レイは冷たい憎悪の込もった眼で、イザークを見た。
(……あなたを、壊してやる……!)
 レイは暗く高ぶる感情を迸らせるがままに、猛り立つ自身を相手の内部へと容赦なく突き入れた。
 何度も異物を受け容れてきた秘穴でも、少しのときほぐしもなく、突然その堅い肉棒を荒々しく挿入されれば、やはり激しく拒絶するのは必然であって。
 当然のごとく嫌がり、悲鳴を上げながら、きつく締めつける肉襞の間を掻き分けて、それでも強引に肉塊は内部に深く侵入していった。その狭い空間の中を刃のように動き回る肉塊が、内臓を切り裂くような激しい痛みをもたらした。
(……う……ああ……あ……っ……!)
 やめろ。やめて……
 なぜ、こいつはこんなに自分を痛めつけようとするのか。こんな、犯され方は……。
 イザークは生理的な涙が溢れるのをとめることもできず、ただ相手が一方的に仕掛けてくるこの理不尽な行為にやるせない憤りと惨めさを感じていた。
 なぜ、こんなことをする……?
 俺は、おまえのことなど、知らない……。
 ――おまえは一体議長の何なのか……おまえが本当は何者であるかということさえ……何ひとつ知りはしないというのに……!
 体を跳ね上げながら、息を切らし、ひっきりなしに苦悶の声を上げるイザークの唇をレイの舌が塞いだ。
 苦しげな顔を満足げに眺めながら、思いきり舌に吸いつき、口内を再び犯した。
 どくどくと、血流が流れる音が、高まる心臓の鼓動とともに、イザークの全身を激しく貫いていく。
(……あ……)
 もう自分がどこにいて、何をされているのかさえ定かではない。
(大丈夫だ……)
 いつか、どこかでそんな風に囁いた声。
(おまえには、俺がいる……)
 ……ハイネ……
 つい先程まで一緒にいた筈なのに。
 霞む視界の中で、必死に彼の姿を探した。
 おまえ、どこにいる……?
 このままでは、俺は……
 俺はまた、おまえを見失ってしまう……。
 すぐ傍にいる筈の彼が、こんなにも遠い。
 なぜ、こんなことになってしまうのか……。
 絶望が胸を覆う。
 痛い。体が切り裂かれていくような激しい痛み。
……体の全身を内側から貫いていく凄まじいまでのこの痛みが徐々に自分の正気を奪っていく。
 自分の中に入ってきたその荒れ狂う肉塊の熱がどんどん高まり、遂にその全てを吐き出そうとするときが近づくと、彼はじんじんと脳髄まで痺れるようなその強烈な痛みを伴う刺激に、殆ど意識を失いそうになった。
「まだ、いくなよ……まだ、まだだ……」
 僅かに離れた唇の先が、耳元で冷たい囁きを放つのを、イザークは混濁するその意識の先で、聞いていた。
 ――まだ……
 おまえの体から、あの人の匂いが完全に消えてしまうまで。
 あの人の指先が触れたその軌跡を、おまえの体が全て忘れ去ってしまうまで。
 レイは、狂おしい瞳を燃え上がらせながら、相手を攻める手をさらに強めた。
 もう、二度とあの人の手に抱かせはしない。
 そうだ。感謝するがいい。俺が、おまえを解放してやるのだから。
 もう二度と、あの人の手の届かぬところへ……。
 いって、しまえ。
 永久に、このまま……。
                                          (To be continued...)

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