Blue Rain (14)














 体が、熱い。
 たまらなく――熱い。
 触れられるだけで、声を上げそうになるほどの刺戟が全身を襲う。
 楽になりたいのに、封じ込められたまま、行き場を失った熱は、ますます暴れ昂ぶりながら、執拗に解放を促し攻め立てる。
「……あ……っ……―― ……」
 後ろから熱い塊がゆっくりと入ってきた瞬間、彼は短い悲鳴を上げた。
 抗いでは、ない。むしろ、それを待っていた。
 荒い呼吸が、さらに激しい熱の吐息を吐き出す。
「……は……――」
 必死でそれを呑み込もうと、舌を伸ばしている自分の内部で蠢くその肉襞の動きの一つ一つまでが、生々しいほどに艶めかしく感じられる。そしてそれがさらに全身を覆う熱を高め、気が狂いそうなほどの痛痒感が増す。
 しかし、相手はわざとゆっくりと、焦らすように動く。
「……………………………!」
「――焦るなよ」
「―― ……こっ……の……――っああっ――あ……――!」
 かっとなったのも束の間で、次の瞬間には、既に相手への怒りも何も弾け飛んでいた。
 入り込んできた熱が、どんどん膨らんでいくのがわかる。膨らみながら、さらに奥まで突き上げてくる。
 奥深く……さらに、奥へ……。
 いつまで続くのか、わからないほどのねっとりとした、交接。
 撥ねそうになる腰を押さえつけ、男は黙って腰を沈めていく。
「……っ、あっ、あっ……あ……っ……――!」
 ようやく全て入ってしまうと、息を止め、目を見開く。
 深い。
 最奥部まで達したその異物を受け入れている肉襞がひくひくと蠢くのがわかる。それに応えるように、中を擦るように動き出す熱塊に、ディアッカの我慢も遂に限界に達した。
「……や、め―― ……ろ…………あ……あ……」
 抗う声も長くは続かず、忽ち擦りきれるようにか細くなる。
 目尻から零れた滴が頬に筋をつくった。
「……う――あ……――」
 異物感は刺戟にすり替わる。
 緩く突き上げられると、自然に声が出た。もはや抑えるだけの自制心も働かない。
「……ああ、……あっ……ん―― ……」
 開かれた唇から、上ずった声が断続的に漏れ出すと、やがてそれは腰の揺れとともに止まらなくなった。
 男の抽挿のリズムが速くなった。
 内側が擦られるたび、飛び上がりそうになるくらいの刺戟が走る。通常よりも感じすぎるのは、やはり薬を入れられたせいに違いない。
火のついた体が、興奮して乱れ始めているのがわかった。しかし自分自身の昂ぶる前は戒められたままだ。先走りの白い液が僅かに零れ出しているその震える先端を、指先が撫でた。そのひと撫でだけで、彼の体は情けないほど感応した。
「…………う、く……………っ………………!」
「……いかせて欲しいか?」
 冷淡な声に、彼はただ目を閉じて首を振った。
「――強情だな」
 呆れたように言うと、男は軽く吐息を吐いた。
「……一言、言えば許してやるのに」
 強く擦り上げると、ひっとディアッカの喉から声が上がった。
「……言えよ、ほら……」
「―― ……っ……れ、が……っ…………!―― ……」
 胸元を喘がせながら、必死で絞り出された返答に、男は眉根を上げた。
「――面白い。それなら……」
 腰を掴み、再び思いきり突き上げる。
 押さえ込む体が撥ね、悲鳴が上がった。
 男の額にも、汗が滲んでいた。
「……もう少し楽しませてもらうか……――」





 少し触れただけでも、魚が撥ねるように腕の下の体が悶え動く。
 この感度の良さは、どうだ。
 薬の効果は絶大だった。
 しかしそれ以上に、この体は既に男を知っている。
 犯しながら、それを強く実感する。
 この優性遺伝子から生まれた、美しく優れた肉体は、性を越えて人を引きつけ、受け容れるようにできているのだろう。
 『両性具有』という言葉がふと頭の中に浮かんだ。
 或いはそのような便利な肉体を持つ人間が生み出される日もそう遠くないかもしれない。
 皮肉な笑みが零れた。
 無駄に美しい顔。均整の取れた肉体。
 優位種であることを喧伝するかのような、傲慢な人種の群れ。
 もうたくさんだ、と彼は顔を歪めた。
 その瞬間、反吐が出そうなほどの激しい嫌悪感が、男を支配した。
 おまえらは、優性種などではない。
 おまえらは、人間の愚かさが生み出した、ただの化け物だ。
 この世で最も愚劣で醜悪なる存在。
 それが、おまえら、コーディネイターなのだ。
(貴様らこそが、この世の全ての『悪』だ……)
 嫌悪と侮蔑の限りを込めて、彼は胸の内で吐き捨てた。
 コーディネイターなど、一人残らずこの世から消えてしまえばよい。
 そうすれば、これから先、二度と自分たちのような怪物が生み出されることもない。
 憎しみを込めて、己のものをさらに深く突き入れる。
 堪え切れない喘ぎ声が漏れるたびに、じん、と痺れるような心地良い刺戟を感じる。彼は短く息を吐いた。
 中が、熱い。絡みついてくる襞の感触に、堪らないほど興奮した。
 生殖機能はとうに失っているものと思っていた。だからただ痛めつけ、最高の屈辱を味あわせるためだけに、犯そうとした。
 ネオ・ロアノークへの当てつけと、コーディネイターへの憎しみが、彼を蛮行に駆り立てた。
それなのに、いつの間にか、この交わりに夢中になって、獣のように欲情している自分に気付き、愕然とした。
 同性に、しかも、コーディネイターに……。
 彼は長い間、これほどまでに性的に興奮したり欲情を感じたりすることがなかった。彼が性行為に対して特に淡泊であったというわけではなく、肉体を人為的に強化する過程において、神経組織を限界まで弄られた結果の副産物であった。
 久し振りに感じる性欲が、彼の理性を一時的に奪った。
 荒い息を吐きながら、彼は自分の中で滾る潮を、熱い器の中に注ぎ込んだ。
「……あ……っ……――!……」
 悲痛な声に、思わず彼は相手の堰き止められたままの性器に手を伸ばした。先端を撫でただけで、それは待っていたかのように、ぴくぴくと反応した。零れる白い蜜が指先を濡らした。
「……や……め―― ……」
 捉えた体が、抗いを示す。
 細く弱々しいその声とは裏腹に、張り詰めきったそこは必死に出口を求めて哀願しているように見えた。
「……強情だな」
 嬲るように囁く。
 舌を耳に突き入れ、舐めた。
「……っ……!」
 びくん、と体が揺れる。その過敏すぎる反応に、彼の方が驚いたほどだ。
 しかし、相手の体に流し入れた薬の量を考えると、無理もない。
「――いかせてやろうか」
「……………う…………」
 微かに首を横に振る相手に、少し芽生えた同情心も吹き飛んだ。
 ぐい、と根元で縛ったそれを片手で掴むと、相手は信じられぬように目を大きく見開いた。血走った瞳にうっすらと涙が滲んでいる。
「……は……っ――な、せ、っ………――っ……――」
「――いっそ、切り取ってやろうか、ええ?その方が楽になれるだろう」
 低声で囁くと、相手の瞳にありありと恐怖の色が表れるのがわかった。
「……く……っ、冗、談―― ……!」
「――冗談だと思うか?」
 手に力を込め、強く握った。
 喉が潰れたような悲鳴が上がる。
「……うあああ……――っあああ……くそ、はな、せっ!……な、せっ……この……っあ―― ……――!」
 がくがくと、体が揺れる。
 暴れる体をさらに締め付けた。
 そのまま深く、深く――容赦なく貫いていく。打ちこまれた楔が最奥まで入ると、相手の煩悶が高まっていくのが感じられた。
 繋がった体から伝わる熱。
 脈打つ鼓動の速さを競い合う。
 限界まできた瞬間、相手の中に己の熱を放っていた。
「……あああああ……っ……――!……」
 がくん、がくんと頭が前後に揺れる。
 気絶しかかった体を支えながら、彼はようやく相手の戒めを解いた。





 波間に揺れている。
 漂う肉体。それは、自分のものではないようだ。
 頼りない意識が、そこに存在する己自身をかろうじて認めている。
 ――どこ、だ……。
 目が、開いているのか、開いていないのか。
 視界がぶれる。
 砂嵐のように、ノイズが混じる。
 耳鳴りと、狂ったような悲鳴。
 あれは……誰の声だ。
 まさか、自分のものではあるまい。
 そんな筈は、ない。
 だが……
 不意に自信がなくなる。
 だとしたら、自分は今、何をして……。
(――おい)
 冷やかな声に、びくん、と心臓が撥ねた。
 その声は、自分がよく知る人の声であるように思えた。
 はっと瞳を凝らす。
 こちらを見つめる視線を、強く感じた。
 不鮮明な映像の中で、なぜかその眼差しだけが鋭く彼を射抜いた。
 海の底を見るような、深く暗い青の双眸。
 生と死を見つめる、眼。
 突き刺すように、真っ直ぐに放たれた視線から、逃れることができない。
 ――恐ろしかった。
 瞳の彼方に、とてつもなく暗い闇の深淵が広がっていた。
 迫りくる、死への恐怖。
 孤独と絶望との、果てることのない闘い。
 何も言わずに、一人で背負っていたのだ。
 あの人は……。
 彼は、唇を噛んだ。
(……何で、言ってくれなかった……)
 ――いや、違う。
 僅かな苛立ちが、波紋を投げる。
 言えるわけがない。
 あの人は、決して言わないだろう。
 自分が死ぬ間際の、最後のその瞬間まで。
(――何で、気付けなかった……)
 むしろ、気付かなければならなかったのは、自分の方だ。
 後悔と自責の念が彼の胸を苛む。
(――なぜ、俺は……)
 その時、不意に周りの空気に変化が生じた。
 怯えながらも、彼はそっと目を上げた。
 闇の中で、突然それははっきりとした輪郭を浮き上がらせた。
 青ざめた、死人のような顔が、はっきりと眼前に見えた。
(……フラ、ガ……?)
 相手の顔が僅かな歪みを見せた、そのとき――
 一瞬で、それは砕け散っていた。
 人間の形をしたものは、既にそこにはない。
 びしゃっ、と顔に何かがかかった。
 手で拭うと、それは赤いどろりとした液体だった。
 はっと目を上げたそのすぐ前を、血で真っ赤に染まった無数の肉片がよぎっていく。
 びしゃっ。びしゃっ。
 絶え間なく顔に降りかかってくるものを、もはや拭う気すら失せた。
 衝撃で竦んだまま、声も出ない。
(……何、だよ、これ……――)
 どうしようもなく、体が震える。
 嫌だ。
 何で、こんな……
 何で、何で、何で……
 自分が見たものを、必死で拒絶する。
 ――そんな筈は、ない。
 これは、幻だ。
 騙されるな。
 でなければ……
 ――俺は狂っているのに違いない。
 彼は、それから逃れようともがいた。
 逃れられないとわかっていても、抵抗せずにはいられなかった。
 伸びてきた手が、喉を掴む。
 苦しさに悶えながら、ふと目を落とすとその指先から細切れになった肉片がぽろぽろと零れ落ちていくのが見えた。
 そしてそれが吸い込まれていく先。そこには……何もなかった。
 ただ、そこには……。
 永遠とも思えるような漆黒の闇が、ただ果てしなく広がっている。
 凍りつくような恐怖が背を引き攣らせた。
 耳をつんざくような恐ろしい悲鳴が、頭の奥を駆け抜けていった。
 それが自分自身の声だということに気付くこともないまま、彼の意識は現実とも夢ともつかぬ空間を彷徨い続けた。

                                     to be continued...
                                        (2011/03/21)

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