Blue Rain (15)














『頭のいいコーディネイターの隊長さんなら、もうおわかりだろうが、俺の標的は、ザフトでも地球軍でもない』
 僅かにノイズの混じった画面の中から、傲岸に語りかける男の顔には、覚えがあった。
 ついこの間、地球軍基地内のコモンルームで声をかけてきた、例のパイロットだった。
 地球連合軍所属、ブラッド・オークランド少尉。あの時彼はそう名乗ったが、実際には、地球軍の中にそのような名の士官は存在しないことがわかった。
 それなのに、なぜかその実在しない名が新型機のテストパイロットのリストに登載されていた。
 つまり、何らかの手段を用いて、犯人が外部から軍のコンピュータに侵入することができたという以外、考えられない。
『……ネオ・ロアノークにこれを見せてもらえれば、わかる。この場所がどこかも、彼が知っている』
 まるで全てお見通しといった口調だった。
 相手は、この映像をザフトのイザーク・ジュールが見て、すぐに当人に渡すことを確信している。
『――目的を果たすまで、ディアッカ・エルスマンの身柄はこちらで預かっておく。ネオ・ロアノークがここに来れば、すぐに彼は解放する』
 そう言うと、オークランドは意味あり気に目を細め、肩越しに後ろを振り返った。
 それと同時に、カメラの焦点が後方へ移動する。
 人とおぼしき塊が、次第にはっきりとした姿を映し始める。後ろ手に括られ、ぐったりと床に横たわっている。左足に巻かれた包帯に滲む鮮血の色が目を引く。濡れそぼった前髪が額に乱れつき、泥と血で汚れた顔は蒼白で全く生気がなく、固く閉ざされた瞼はぴくりとも動かない。一見しただけでは、これがディアッカ・エルスマンだとは誰にもわからないだろう。
『死んではいない。ただ、片足を撃った際に、かなり出血した。あと、機体が墜ちた時に全身を打撲している。肋骨が何本か折れているかもしれない。早く治療を受けた方がいいだろう』
 淡泊な口調ではあったが、そこからは明らかな警告と脅迫の意図が感じ取れた。
『――長くは待たない。これを見たら、すぐに行動されることを期待する』
 画像が途切れた後、恐ろしいほどの沈黙が部屋を支配した。
「……ということだ」
 最初に口を開いたのは、イザークだった。
 彼の指が、コンピュータのボードに触れると、スクリーン上の画像は完全に停止した。
「……あなたの、知り合いらしいな」
 イザークの眼が冷やかに、傍らに佇む男を見据える。
 何も映らない画面をなおも凝視し続ける男の横顔からは、何の感情も読み取ることはできなかった。
「……あなたたちがどういう関係なのか、奴が一体何者で、何を目的としているのか……そんなことはどうでもいいし、余計な詮索をするつもりはない。ただ、俺はこのまま、あいつを見殺しにするわけにはいかない……」
 冷静を装いながらも、イザークの顔には隠しきれない焦燥の色が見えた。
「――だから、わかるなら教えて欲しい。今、奴らがいる場所を……」
 フラガはすぐには答えようとはしなかった。
 その目は相変わらず画面を睨んだまま、微動だにしない。
「……おいっ!」
 イザークは、強い声で促した。
「――聞いてるのかよっ!」
「――聞こえてるよ。傍で怒鳴るな。頭に響く」
 フラガは煩わしげに手を振ると、イザークを押しのけるように、コンピュータの前に顔を近付けた。キーボードに乗った指先が素早く動き始める。
 再び明るくなった画面上に、北米大陸の地図が映し出されたかと思うと、ピンポイントで何箇所もクローズアップされては、消え、また現れ、を繰り返し、目まぐるしく画面が動いていくのを、イザークは呆然と見守っていた。
「――送信元は、探知できなかったのか」
 視線を画面に向けたまま、フラガは問いかけた。
 その間も休みなく、ボード上の指先は動き続けている。
「……それができていれば、俺は今ここにいない」
 イザークは憮然と答えた。
 わざわざ、言われるまでもないことだった。
 完全に相手の術中に嵌まっている。
 しかし、ここまで事態が進行している以上、もはやどうするすべもない。
 ……今、目の前にいるこの男が、ただ一つの望みの綱なのだ。
 キーを叩く音が、止まった。
 イザークは、はっと我に返ると、フラガの背後から画面を覗き込んだ。
 画面の中心で、ポイントが点滅している。
「……そこ、なのか」
 フラガは何も答えなかった。
 画面を見つめる瞳は、瞬きすらしない。
 イザークは、ポケットから携帯を取り出すと、発信ボタンを押した。
「――ああ、俺だ。今から言うポイントを検索してくれ。エリアコードは――……」
 画面を見ながら、説明をしかけたイザークの手から、突然携帯電話が奪われた。
 唖然とするイザークの目の前で、フラガは携帯電話の通話ボタンを切った。
「……なっ、何をする……!」
「――奴の目的は、この俺だ。これは、俺の問題だ。きみたちは、関わるな」
 にべもなく言い放つフラガに、
「……あんただけの問題、だと……!」
 イザークは、フラガを凄まじい勢いで睨みつけた。
「――冗談言うなっ!……あいつを巻き込んでおいて、何が関わるな、だ。俺は、あんたの問題などには興味はない。あんたが殺されようが、どうされようが、知ったことか。……俺は、ディアッカを助けたいだけなんだ。こんなことで、あいつを死なせてたまるかよ。……ようやく……取り戻したんだ。俺は……俺は、あいつが……っ……!」
 そこまで言いかけて、彼は不意に口を閉ざした。
 言葉が、頭の中から消えた。
 次に言うべき言葉……それは、何だったのだろう。
 なぜ、言葉が出てこないのか、その理由はただ一つ。目の前の男の刺すような視線のせいだった。
 ついさっきまで、イザークは目に入ってくるものなど何も気にしてはいなかった。
 それほど、彼は興奮していた。押し寄せてくる激しい感情の捌け口を今目の前にいる男にぶつけていることを十分に自覚しながら、そんな自分自身を理性で抑えることができなくなっていた。
 そんなイザークを、フラガは静かな眼で見つめていた。
 恐ろしく冷淡であり、そのくせ人の心の奥底まで食い込んでくるかのような攻撃性を含んだ眼だった。
 そんな彼の目線が、突然今になってイザークを怯ませた。
 彼を責めていたつもりが、逆に自分が責められているような居心地の悪さを感じた。
「……あいつが、何だって?」
 フラガの声は、冷えた鋼のようだった。
「………………………」
 イザークは、何も答えることができなかった。
(なぜ、この男はこんな目で俺を見る……)
 攻撃的、とはいっても、悪意とか、憎悪とか、そういった類のものではない。
 ただ、恐ろしく挑戦的な目だった。
 狩りをする動物が、獲物を他から奪い取る時に見せる、あの獰猛で貪欲な瞳に、どことなく似ているような気がした。
 ――ディアッカと、この男は……
 これまで、ずっと気になっていた。
 先日、とうとうそのことについて追求した結果、ディアッカとの間には最悪な関係が出来上がってしまった。
 男との関係を詰問していたところで、相手は思わぬ反撃に出た。ディアッカの行動には幾分ショックを受けたが、本当はそれは予期できぬことではなかったのだ。
 それまで、何度も彼はそのことを匂わせてきたのに、わざと気付かぬふりをしたり、無視していたのは自分だ。
 しかし……
 あの時の彼は、単に自分への好意で動いたのではない。
 抑圧された感情の捌け口にしているかのような、破壊的な衝動を感じた。彼は一瞬ではあれ、自分をコントロールできる状態にはなかったのだ。
 普段のディアッカからは想像もつかない、まるで別人のような、荒々しい獣じみた眼が、自分を舐めるように見つめたあの瞬間を思い出すと、イザークはぞっとせずにはいられなかった。
 長年付き合ってきた気心の知れた友の中に、あれほどまでに暗く激しい感情が潜んでいたとは、思いもしなかったからこそ、イザークは激しい衝撃を受けた。
(あいつは、わかっていない)
 ディアッカ自身、気付いていないのかもしれない。
 イザークを求めながら、実のところ、あいつの眼は別の人間を追っている。
 目の前の、この男……。
 彼の知らない時間を、一時期ディアッカと共有した男。
 ディアッカと自分との間にできた、間隙の要因。
 突き崩せないことに、どうしようもない苛立ちを感じた。
 それが原因でしばしばくだらない言い争いや擦れ違いが起こるようになった。
 全て、この男だ。
 この男が、ディアッカを捉えて離さないのだ。
 自分とディアッカの間の均衡を崩したのは、この男だ。
 自分たちの間に突然闖入してきた男の存在に対して怒りとも恨みともつかぬどろどろとした感情が湧き上がってくる。
「――そんなに睨むなよ」
 フラガの目が僅かに緩み、その唇から小さな吐息が漏れた。
「……俺は知りたかっただけだ。きみがあいつのことをどう思っているのか、本当の気持ちって奴を、な……」
「……そんなことを、何であなたに言う必要がある」
 イザークは唸るように言い返した。
「……一体、何なんだよ。あんたとディアッカは……!何考えて――」
「何も考えてないよ」
 フラガは薄く笑った。
「体の相性はいいみたいだが、ね」
「……なっ……――!」
 大胆な発言に、イザークは頬を赤らめた。
「……あんた、こんな時に、何を……!」
「――冗談だ。真面目に受け取るなって」
 フラガはそう言うと、笑うのを止め、真剣な目でイザークを見返した。
「……で、どうなんだよ」
「――って、何が……」
「だから、あいつのこと、どう思ってるのかって聞いてるんだ」
 戸惑うイザークに、フラガはさらに水を向ける。
「どう、って……」
 イザークの目が逡巡の色を浮かべるのを、フラガは瞬きもせず見守っていた。
「きみたちは、単なる軍隊の中の上官と部下というだけの関係なのか?そうじゃないだろう」
「……それは……まあ、そう、だな……」
 イザークは歯切れの悪い口調で答えた。
「……俺とディアッカは、確かに軍に入る前からの長い付き合いで、プライベートも互いによく知っている仲だが……」
 そう言いながら、イザークは自分がなぜそんなことをべらべらと喋っているのかと思っていた。
 今は、こんなことを話している場合ではない筈だ。なのに……。
 男の質問が、なぜか胸に食い込んでくる。答えなければならないという強迫感があった。誘導されているようで不快ではあったが、気付けば口を開いていた。
「……あいつは……大切な友だ」
「……大切、――ね……」
 フラガが繰り返すと、どことなく揶揄するような調子に、イザークはむっとした。
「何かおかしなことを言ったか」
「いいや、極めて妥当な発言だな、と思ってな」
 フラガの言い方はふざけているようでいて、どことなく物事の核心を突いているようでもあった。
「――あいつは、きみのことを、友だち以上の目で見ている。気付いてるだろ?」
「…………………」
 イザークは黙って俯いた。
「――応えられるのか」
 フラガの射るような視線を避けるように、イザークは僅かに顔を背けた。
「……どういうことか、わからない……」
 イザークは、反駁した。
「――あんたの質問は、変だ。まるで、男と女の関係をいうみたいに……」
「――恋愛感情に男も女もないさ」
 フラガは言い切ってみせると、柔和な微笑を見せた。
「……好きになる時は、そいつが女であろうと男であろうと、好きになる。そんなもんだろう」
「……だが、それは……」
「――俺は、好きだよ」
 突然ストレートに突きつけられた言葉に、イザークは目を瞠った。
 相手はもう微笑ってはいない。イザークに向ける彼の眼差しは、真剣だった。
「……きみがあいつを受け入れる気がないなら、遠慮はしない。あいつは、俺が頂く。――文句はないな?」
「――ちょ、ちょっと待て、それは……」
「冗談、……と言いたいところだけどな。残念ながら、俺は真剣だ」
 フラガは、目を和らげた。
「――けど、俺はあいつを縛りたくはない。だから、卑怯な真似はしないよ。あくまで、選択するのはあいつ自身だ」
「…………………」
 イザークは言い負かされたように、俯いた。
「……きみには、言っておきたかった。悪いな。それだけだ」
 フラガはそう言うと、ソファに脱ぎ捨てられていた上着を取った。
「……で、悪いが移動用の機体を至急手配してくれないか。小型輸送機程度でいいからさ。ここのエリアコードを教えるから、伝えてくれ」
 先程取り上げた携帯電話をぽいと放り投げた。
 イザークは無意識にそれを受け取ったが、はっと我に返ると、慌ててフラガに顔を向けた。
「おっ、おい。あんた、まさか本当に一人で――」
「当然だろう。相手はこの俺をご指名なんだ。俺が行かなきゃ他に誰が行くっていうんだ?」
「だからって、のこのこあんたが一人で乗り込んで行っても――」
「おい!」
 フラガは声を変えた。
 強い口調に、イザークは思わず言葉を止めた。
「――あいつを無事助けたいなら、言う通りにしろ!」
 フラガの語気の強さに圧され、イザークは沈黙した。
 少し間を置いた後、フラガの表情が和らいだ。
「心配するな。きみの『大切な友だち』は必ず助ける。この俺を信用しろ」
「……信用、しないわけじゃないが……」
 イザークはぶつぶつと呟きながら、それでもフラガに促されるまま、渋々携帯のコールボタンを押した。





 突然、幻が消えた。
 耳鳴りが、止む。
 静けさが、空間を支配していた。
 ぐったりとした体。
 とてつもない疲労と倦怠が全身を覆っている。
 酔いから醒めぬように、まだ感覚が戻ってこない。
 ぼんやりとした意識が、うろうろと夢の入り口を彷徨っていた。
「…………っ……」
 ひんやりと冷たいものが押し当てられた瞬間、ぴくりと唇が震えた。
「――動くな」
 背けそうになった顔を、両手でぐいと固定された。
「……う、……――」
 冷たい布で、顔全体を撫でるように拭われていく。額の傷がずきりと痛み、思わず彼は眉を顰めた。
 顔を拭う手の動きが、止まった。
 間近から見られている、その強い視線を感じ、目を開けることができない。相手の顔を見るのも厭わしい気分だった。
(……さんざん、人のケツに突っ込みやがって……!)
 薬で半ば朦朧としていたとはいえ、相手からされた行為はいちいちはっきりと覚えている。
 自分がどんなに乱れた声を上げていたか、惨めな体位で相手に突かれるたびに、それでも悦ぶ体をいかに持て余していたか。
 ――信じられない。
 まるで、嘘のようだが……事実、だった。
 自分の意志とは全く別のところで、体が勝手に反応していた。
(……クソ野郎……!)
 全て、奴に飲まされた薬のせいだとは知っていながらも、ここまでずたずたに踏みにじられた自尊心や恥辱感はとても拭いきれるものではない。
 唾を吐きかけてやりたくても、からからに乾ききった口の中は、もはや吐きかける唾液すら湧いてこない。
 まさに、消耗しきっていた。
 ――最低の気分だった。
「まあ、これでだいぶ見られる面になった。――けど、こっちは酷そうだな。……やっぱり、無理しすぎたか」
 左足を軽く叩かれると、突然戻ってきた激しい痛みに声にならない悲鳴が漏れる。
「……く……――痛っ……――!……」
 身を守ろうと、反射的に体を引きかけたところを、上から抑えつけられた。
「――じっとしてろ。暴れると余計出血する」
「……………………」
 うってかわったように淡々と命じる、その医者のような口調に半ば呆れながらも、痛みに抗しきれず、彼はおとなしくされるがままになった。
「……おかしな奴だな、おまえ……」
 ディアッカは、抵抗できない腹いせに、ぼやいた。
「……何で手当てなんかしてんだよ。さっきまで、さんざんいたぶってた奴がさ。二重人格かよ、てめえ……」
「――おかしなのは、どっちだ。痛くされるのが好きなのか?」
 くすりと笑うと、相手はわざと彼の左足を包帯の上から強く押さえつけた。
 激しい痛みに、ディアッカは飛び上がりそうになった。
「――っ、てっ、めえ……!今、わざと、やりやがったな……っ!」
「痛くされる方がいいんだろう?ついさっき、自分でそう言わなかったか?」
「んなこと、言ってねえよ!――っ、くそっ……っ、く……っ……っっ……ん――……!」
 痛みで震える唇が、突然塞がれ、彼は目を見開いた。
 抗う間もなく、男の唇が強引に押し入ってくる。
 攻めるように、歯列を分け、侵入してくる舌に舌を絡め取られ、どうにもしようがなくなった。
(……こ、いつ……っ……何、考えて――……!)
 執拗で濃厚な口接に、消え去った筈の熱が再び下半身で疼き始めるのをいち早く嗅ぎ取って、まずい、と思った。
 無理矢理顔を引き剥がすと、口中に残る唾液をぺっと吐き捨てた。
「……っ……――てめえ……っ!いい加減――」
「――どうやら、まだ薬の効果が残ってるみたいだな」
 ぺろりと舌先で上唇を舐めながら、オークランドはにやりと笑った。
「――それとも、元々、あんたの体は、感じやすいのかな……見てみろ、さっきのあれだけで、もうこんなに反応している……」
 そう言うと、ディアッカの股間に手を押しつける。
「……っ、よせっ……!」
 ディアッカは必死に抵抗しようとしたが、抑えつけられている体はびくともしない。
 股間で勃起しているそれを、オークランドに掴まれ、小さな悲鳴を上げた。
「――やめろ、って……くそ……っ!――もう、さんざんヤったろ。まだ足りねえのかよっ!」
「足りないのは、あんたの方じゃないのか?ええ?」
 嫌な笑いを貼りつかせたまま、男はズボンをずらすと、露わになったディアッカの性器を巧みに弄り始めた。
「……こんなにいやらしい体だとは思わなかった。これなら、薬も要らなかったかも、な」
「――……あ……っ……や、……め――……!」
 悔しげに睨みながらも、彼は下半身を襲う刺戟に耐えられなくなっていた。
 男の指先が、後ろに伸びると、さらに抗いがたい痛痒感が広がっていく。
 本当にやばい。しかし、止まらない。
「……く、そ……っ……何で、こん、な……っ……あ、ああ……やめろ……くそ、やめろ、って……んっ――あ……あっ、あっ、……や、あ――!」
 泣きそうな声で恨みつらしく呟く声が次第に高く切羽詰まったものとなり、いつしか煽情的な色を帯びていた。
「入れてやろうか?」
「……いっ……――」
 要らない、と言おうとする前に、両足が持ち上げられ、ずぷり、とそれが入ってくる質感に、彼は口を開いたまま、息を止めた。
 変な角度に曲がった左足から走る激痛に、彼は眉を顰めた。
「……じっとしてな。また、出血するぜ」
 オークランドの声に、体からがくりと力が抜けた。
 言われなくても、抵抗する力など、とうに失せている。
 ただ、体が反応するたびに、余計な刺戟が流れ、深奥まで疼く。
 この熱と疼きを、どうすればよいのか。がくがくと小刻みに震える体をおさめるには――
「――や……――抜、け、……よ……――も、俺……――」
 おかしくなりそうだった。
 限界、だと思っているのに、なぜ体は拒まない。
 拒むどころか――
「……うねってるぜ……あんたの中……」
 耳元で囁かれた声に羞恥が増す。
「……いいね……――とても、いい……」
 もう少し、と声が囁き続ける。
 もう少し、遊んでみるか。
 前を掴まれた指先がじりじりと先端を撫でる。
 いっぱいに張り詰めたものが、溢れる寸前で遮断される苦しみが、擦られる快感とない交じりになり、気が狂いそうだ。
 ――冗談じゃない。
 ディアッカは即座に首を振った。
 ――よせ。
 もう、俺……
 こんなじゃ、もたねえ……。
 冷たい汗が、額から流れ落ちていく。
 絡みつく前髪が、鬱陶しい。
 く、そ……
 何だよ、これ……
 異物がさらに奥まで入ってくる気配に、彼は震撼した。
 ――嫌、だ……
 ――や、めろ……………
 しかし、望んでいるのは、誰でもない、自分自身であることを苦々しい思いで自覚する。
「――ふ、深――……」
「気を失うなよ。もうちょっとだ……」
 体の奥で、何かが爆発した。
 叫ぶ前に、頭の中で閃光が弾けた。
 そして――
 次に現実へ戻る前に、彼はがっくりと全身を相手の男に預けた。
 自分も同時に全てを解き放ち、果てていることに気付いたのは、少し経ってからのことだった。
 我に返った時、まだ相手の腕の中に抱かれている自分に、かっと頬が熱くなった。
 相手は悠然とこちらを見下ろしている。
「どうだ。悦かったかい」
「――くっそ……!てめ……――」
 ディアッカは、ぎりぎりと悔しげに間近にある相手の顔を睨めつけた。
「……好き放題、してんじゃねえよ」
 怒鳴っているつもりが、実際にはその声には全く覇気がない。
 すっかり疲弊していた。
 連続して強いられた、無茶苦茶な性交に、肉体も精神も疲れきっている。まだ、単純に殴られていた方がマシだったかもしれない。
 そんなディアッカの様子を見つめる男の目には、憐れとも憎しみともつかぬ不思議な色が湛えられていた。
「……悪かった。やり過ぎたようだ」
 男は意外にもそんな台詞を吐いた。
「――あんたは、大切な人質だからな。まだ、壊してしまうわけにはいかない」
「……わかってんなら、もういいだろ……」
 ディアッカは、力なく言いかけて、不意に目を逸らした。
「――こんなこと、されるくらいなら……さっさと殺された方が、マシだ」
 オークランドは黙って俯く彼の腕を取った。
 軽く引き上げられ、壁に凭せかけられる。力の失せた体は、ずるずると壁を背に、倒れ込んだ。起き上がるだけの気力はなかった。
 男が立ち上がり、離れていくのを見て、彼は急に焦りを感じた。
「――待てよ」
 男が振り返り、冷めた目で見下ろす。
「……フラガを殺すつもりか」
 今さらながらの、陳腐な問いだと思いながらも、必死で彼は声を絞り出した。
「……おまえには、関係ない」
 男の声は、何ものをも受け付けぬような、硬質な威圧感があった。
 しかし、ディアッカにはそんなプレッシャーも気にはならなかった。
「……フラガを殺すなら、その前に、てめえを殺す」
 精一杯の脅しを込めて、言い放つ。
 相手が目を見開く様子を見て、彼は内心嘲笑った。
「――だから、今のうちに俺を殺しておいた方がいいぜ」
「……脅しているつもりか。馬鹿だな、おまえ」
 男は、いったん醜く顔を歪めると、次には突然、弾かれたように、声を上げて笑った。
 狂ったような笑い声は、しばらく続いた。
 凍りついたように、ディアッカは何も言えずにそんな男の姿をただ呆然と眺めていた。
「――本当に、馬鹿な奴だ」
 笑いながら、背を向ける。
「しばらく、頭を冷やしているがいい」
 取りつくしまもなく、男は歩き去った。
 床を打つ靴音が、遠ざかっていくのを、ディアッカは歯を食いしばりながら、聞いていた。

                                     to be continued...
                                        (2011/04/10)

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