Blue Rain (19) (――あ……あっ……――!……) 吐き出す息が、音のない喘ぎとなる。 ずぷ、と遠慮なく入ってきたものが、瞬く間に彼の内部を掻き乱し、彼自身の体温を急速に上げていく。 「……っ、……う……――っ……」 声にならない呻き声を漏らし続ける唇を軽く塞ぐ指は心なしか震えているようだった。 熱い吐息が首筋をじっとりと湿らせる。 荒々しい抽挿が、全身を揺すぶった。 痛みとも、快感ともつかぬ刺戟に神経がかぼそく悲鳴を上げている。 それを嫌がっているのか、悦んでいるのかさえわからなくなるほど興奮しきっている自分自身のいぎたない体に、吐き気を催した。 しかし、もはやそれを理性で止めることは無理だと自覚した途端――彼の意識は一瞬弾け飛んだ。 がくん、と落ちかかった頭を、唇を弄っていた指が再び持ち上げた。 「――……う……ぐ――っ……ん……んっ――」 苦しさに、押さえ込む指を振り払おうと、頭を激しく振るが、逆にさらに強く締め付けられただけだった。 「――じっとしてろ」 容赦ない声が短く命じると、抵抗を諦めた頭はようやく動かなくなった。 それでも、唇は指の隙間から、絶え間なく苦しげな息を吐き出し続けた。 そうして、激しい動きが続いているうちに―― 「……――……ん、……は……っ……――」 もう駄目だ、と思った時、突然それは去っていった。 一気に引き抜かれた後、拍子抜けしたように、昂ぶり始めていた彼自身も急速に萎えた。 「――く……う……っ――」 ずる、と崩折れそうになる下半身を、逃さぬようにさらに強く押さえ込まれる。 もう一度突っ込まれるのかと身構えたが、それ以上来る気配はなかった。 密着したまま、軽くズボンを引き上げられると、ほっとするような、何か物足りないような複雑な気分が彼の心を覆った。 「……フ、ラガ……」 ――フラガ……。 朦朧とした頭の中で、それでもなお、その名だけがぐるぐると回っていた。 「――ネオ」 冷笑を含んだ声が、彼の仄かな思いを容赦なく断ち切る。 「……気は、済んだか」 「ああ」 事もなげに答えると、相手はようやく体を離した。 冷たい床に顔を打たれると、ぼんやりとした頭が現実に立ち返った。 (――フラガは、もういない――) 確か、そう言っていた。 ……しかし…… 違う。 そうでは、ないのだ。 まだ、フラガは、ここにいる……。 なら、なぜ彼は否定するのだ。 まるで、自分から別れの言葉を告げるかのように……。 (『別、れ』……?) そう思うと、ぎくりとした。 まさか、この人は…… 顔を上げ、必死でフラガの方へ目を向ける。 そこに佇む背の高い男の姿――すぐ傍にいるのに、なぜか、その背中が、やけに遠く見えた。 漠然とした不安が、広がる。 (……何、考えてんだよ……) ここに、いるのに。 あんたは、ここに確かに存在している。 なのに、なぜ、今にも消えてしまいそうな気がするんだろう。 もはや自分がどうなるかなど、全く考えていなかった。 その瞬間、彼ははっきりと悟ったのだ。 彼の内に秘めた、その覚悟を。 (この人は……死ぬ、つもりなんだ……) ――最初から、そのつもりで……。 なぜわからなかったのか、不思議だった。 「フラガ……っ!」 男の背は微動だにしなかった。 ディアッカは焦れた。 「……フラガっ!こっち向けよっ!」 「――全くうるせえ奴だなあ……」 フラガの代わりに、スティングが顔を出した。 近付いてくると、すぐ上から馬鹿にしたように見下ろす冷たい瞳と目が合った。 「……フラガはいねえ、って言ってるだろうが?」 「――馬鹿、言ってんじゃ、ねえよ……。そこにいるのは、フラガだ……なあ、そうだろ、フラガっ……!」 なおも呼びかけるディアッカに、スティングは舌を打った。 「――うるせえんだよ、黙れ!」 そう言いながら、スティングはディアッカの体に蹴りを入れた。 転がりながら、痛みと衝撃に耐え、歯を食いしばる。 何度か蹴られた後、髪を鷲掴みにされたかと思うと、一気に引きずり上げられた。 ぼやける視界の中に、男の憎々しげな顔が迫った。 「……そんなに死にたいのか、おまえ……」 かちり、という嫌な金属音が響く。 「――なら、今すぐ殺してやるよ。望み通りに、な……」 持ち上げられた銃口が目の下で閃いた。 今にも引き金を引こうとしている相手の指の動きを感じながら、次の瞬間に訪れるであろう死を覚悟して、彼は目を閉じた。 ――これで、いいのかもしれない。 ぼんやりとそんなことを思う。 残されて味わう哀しみや苦しみを思えば、まだしも自分が先に行く方がましかもしれない。 少なくとも、死の痛みは一瞬で終わる。 (――あんたが死ぬところを見るくらいなら……) その方が、よほど、いい。 ディアッカは、自分でも驚くほど、死への怖れを全く感じなかった。 (――さあ、早くやれよ) 彼は、じっと待った。 ――俺は、何も怖れはしない。 が―― 不意に、自分を掴んでいた手の力が緩むのを感じた。 「………………っ――……!」 相手の喉から洩れる僅かな喘ぎに異変を察し、ディアッカは瞼を上げた。 スティングの腕は、下からがっしりと掴まれた手によって、完全に静止していた。 引き金を引く寸前で止まった指先は、それ以上動くこともなく、やがて僅かに震えを帯び始めた手から、呆気なく銃は零れ落ちた。 床にぶつかり、鈍い音を響かせた銃が、ディアッカのすぐ目の下を転がっていくのが見えた。 「……ネオ……っ、貴、様……っ……!」 スティングの顔に赤味が差した。外からは見えないが、かなりの負荷がかかっているのだろう。うっすらと額に汗が滲んでいる。 「……何、で……」 しかしそれ以上の言葉を出す間を与えず、男の手が上がりかけたかと思うと、後は目にも止まらぬ速さで、彼の体を床に叩きつけた。 「……う……――!」 起き上がろうとする体の上にフラガが馬乗りになり、再び頭と腕を押さえつける。 「――コントローラーを出せ」 スティングの頭上にのしかかったフラガは彼の耳元で、短く命じた。 「――く……っ……!」 身動きもならない状態で、押さえつけられたまま、それでもスティングは何も答えようとはしない。 その頭を片手でさらに力を込めて押さえ込む。指先が頭蓋骨にめりこんでいくような勢いだった。 ぐ、とスティングの喉から潰れたような呻き声が漏れた。 「……早くしろ」 「………………っ……」 のろのろと、空いた手が動き始め、左ポケットを探ろうとする。しかし彼がそれを取り出すより早く、フラガの手が先にそれに達していた。 難なく起爆スイッチを手に入れた男を、スティングは背中越しに悔しげに睨みつけた。 「――ネオ……おまえ、まさか――っ……」 「……おまえ自身が言ったろう。――俺の体には耐性がある、ってな」 「……俺を……騙したのか」 「――いや……」 フラガの眼が僅かに細められる。 「――確かに、効いたさ。まだ、頭の中がうるさくて仕方ない……」 彼は眉間に皺を寄せ、こめかみを軽く押さえた。 「……だが、一つだけはっきりしたことがある。――俺は、ムウ・ラ・フラガでもネオ・ロアノークでもないということだ。……俺は――ただの死に損ないだ」 自嘲するように、ひっそりと笑う。 「俺はとうに死んでいた。――あの時、一度死んで……戻ってくるべきじゃなかった」 「……ち、がう……」 フラガの背を見つめながら、ディアッカが、ぽつりと吐いた。 フラガの背が、ぴくりと反応する。 それを見て、ディアッカは声を強めた。 「……あんたは、死んじゃいない。……生きて、今、ここにいる……。あんたは、ムウ・ラ・フラガで、それ以外の誰でもねえんだよ……!」 「……………………」 フラガの唇が僅かに歪む。 微かな吐息以外に、応えは何もない。 無言のまま、スティングを押さえる手を放すと、彼は立ち上がった。 転がっている銃を取り、ディアッカの傍へ寄る。 戒められた両腕を引き、銃口を向けた。 衝撃が、走る。 一瞬で、拘束していた手枷が砕け散り、ディアッカの両手は自由になった。 茫然と蹲るディアッカの手を、フラガの力強い手が掴み、ぐいと引き上げた。 全身に力が入らず、途端にぐらりとよろめく。それをさらにしっかりと両脇から抱きかかえられた。 背中からフラガの体温を、感じる。 ディアッカは、体の痛みも忘れ、自分を支える腕を、縋るように掴んだ。 「……フラ、ガ……」 我ながら情けない声音だった。 しかし、どうしても震える声を止めることはできなかった。 何か言わねば、と思いながら、それ以上声が出ない。 なぜか、喉が詰まる。 ――この手を離したくない。 それだけを、強く思った。 「……歩けるか」 フラガが低く声をかける。 左足を動かそうとすると、凄まじい痛みが走り、その場に崩折れそうになった。 その様子を見て、フラガは何も言わず、いきなり彼の体を抱え上げた。 「――あ……っ……おい……っ!」 さすがにディアッカは戸惑いを隠せなかったが、フラガは大丈夫だというかのように、彼の背を軽く叩いた。 「――いいから、黙って掴まってな」 「……………………」 言われて不承不承、相手の肩に手を乗せる。 格好悪くても、今はそんなことに構っていられる状況ではない。 「――くそっ……待て、ネオっ……ネオ――っ!」 怒りと呪詛に満ちた叫びが、去って行く彼らの背を打ちつけるように響いていた。 to be continued... (2011/01/12) |