Blue Rain (2)
「……あ……っ……!」 感じやすい胸の先端を甘噛みされて、思わず高い声を上げた。我に返ってはっと目を見開いた途端、すぐ鼻先から楽しげに覗き込む相手の顔を前にして、頬がかっと熱くなる。 「……っ、何にやついてんだよっ……!」 「……いい声だな、って思ってさ」 擦りつけられてくる頬の温もりが、ほんのりと心地良く全身を暖める。 「……久し振りに聞く、声だ……」 埋められた金髪の頭が目の前で揺らめいた。 彼に触れられるたび、全身が悦びで満たされていくのを感じる。 こんな接触は、彼とでしか味わえない。 ディアッカは、再び瞳を閉ざした。 拒もうとしても、拒みきれない。 当然だ。自分自身が、こんなにもそれを求めているのだから。 この男と一緒にいる短い時間の中で……。 どんどん、自分は変わっていく。いつものディアッカ・エルスマンはもうここにはいない。 今……ここにいる自分は、自分であって自分ではないかのように。 ――溺れていく。際限もなく。 この男の、せいで……。 (くそ……) 唇を噛んだ。 「――何でそんな顔すんの?」 苦笑する声とともに、指が頬を撫でる。 「何か、俺が苛めてるみたいじゃない?」 「……るせ……っ――!」 尖らせた唇の間に強引に割り入ってくる無遠慮な舌に、思わずディアッカは息を飲み、呆然と目を見開いた。 目の前の男の顔が、潤む視界の中で一瞬揺らぎ、霞んだ。目を、開けていられない。 激しいくちづけを交わす間に、体の芯に点された火がどんどん大きくなり、手のつけようもないほど燃え猛っていくのがわかる。 熱が全身を駆け巡る。心臓が激しく鼓動を高める。 (……フ……ラ、ガ……ッ……!……) 深いくちづけの後は、二人の喉からはただ獣のような喘ぎしか聞こえてこなくなった。 貪るように肌を舐め合い、互いの深部を探ろうとする。 熱が、下肢に集まる。はちきれそうに膨らんでいく雄を、フラガはぎゅっ、と掴んだ。 「……あ――……っ……!」 自分の口から思わず漏れ出たその余裕のない声に、羞恥心が増した。 下から、ふ、と笑い声が聞こえたような気がした。 「……わ、ら……う、……なっ……!」 弱々しく非難する、掠れた声音が、まるで他人の口から発せられているかのようだ。 「……おまえが、あんまり可愛すぎるからさ……」 笑う声が、遠くから聞こえる。 相手の指先が自分の勃ち上がってきたものを巧みに弄り出すと、もう文句を言う余裕もなくなってきた。 「……あ……だ、めだ……俺、もう……」 「――いいよ。出しちまえば……」 こんなに早く達してしまう自分が恥ずかしくなるが、我慢できなかった。 「……ん……あ……――ッ……!」 「――出せよ、ほら……」 甘やかな囁きと、熱い吐息が耳朶を柔らかく刺激した。 密着した体に、縋りつく。 前を擦られながら、同時に後ろへ指がゆっくりと入り込んでくるのがわかるが、それはますます彼を昂ぶらせるだけだった。 心臓が激しく波打ち、全身の血流が一気にそこに集中し、頭の中が真っ白に弾け飛んだとき、彼は荒い息とともに、それを吐き出していた。 はあはあ、と息を弾ませている耳元で、くすりと笑う声を聞いた。 「――早かったな。……よっぽど溜まってたんだ」 露骨な言葉に、かっと頬が火照った。 「……あんたが、出せ、って言ったから……っ!」 男の意地の悪さを非難するように、剥きになって言い返すと、相手はますますおかしそうに顔を歪めた。 「……ああ、そうだったな。悪い、つい――」 「もう、知るかよ。くそっ……あんたなんか……」 ふてくされた子供のようにそっぽを向くと、背中を撫でながら優しく抱き締められる。 「ほら、拗ねんなよ――」 太く逞しい腕の中にすっぽりと包まれながら、子供のようにあやされている自分は、かなり格好悪いと思う。 ディアッカは目を閉じて苦笑した。 しかし、彼と二人きりでいる時間の中では、そんなことも気にならなくなる。 自分は、彼に甘えている。そう自覚しながら、それを当たり前のように受け容れている。この関係がいいのか悪いのか、わからない。それでも一緒にいると、心地良いから、敢えて何も考えないようにしていた。 「……何考えてる?」 そう聞かれて、ディアッカは我に返った。目を開けると、鼻先が触れるほどの距離から、相手の瞳が瞬きもせず、じっと自分を覗き込んでいる。 「……何、も……」 「そう、か?」 男の口調は、それは嘘だろう、とでも言いたげに聞こえた。しかし、彼はそれ以上突っ込んではこなかった。 「――んじゃ、今度は俺と一緒に気持ちよくなろう」 唇が頬を撫でた。 軽くくちづけを交わしている間に、背中に回された指先がゆっくりと下に降りていく。 後ろを弄られ出すと、期待と怖れを含んだ予感に、ざわりと全身が騒いだ。 熱に浮かされるように腰を上げると、すかさず両足を取られた。 (……ッ……!) 入ってくる。 そう思ったとき、臀部に熱いものを押し当てられるのを感じた。 思わず目を閉じ、息を詰める。 初めてではないのに、いつも最初の挿入は、こんな風にびくりと緊張する。 初めてフラガに突っ込まれたときは、激しい抵抗があったが、それも慣れると案外何でもなくなった。フラガが上手かったせいだろう。 フラガはいつも、無理には入ってこない。十分に時間をかけ、そこをじっくりとほぐしながら、相手の呼吸に合わせて、いいタイミングで一気に入り込む。人の感じる箇所を探り当てると、そこを集中して攻める。 「……あ…っ、ああ……んっ……!」 いいところを突かれると、自然に甘い吐息と嬌声が洩れる。 とてつもなく、恥ずかしい。 男に突っ込まれながら、感じて喘いでいる自分の姿など、以前は想像だにしなかった。 自分がその身になって、初めて自分が抱いてきた女たちがどんな風に感じていたのかがわかったような気がする。 自分は、こんなに優しく抱いていただろうか、と思い、少し反省してみたりする。そして、そんなことを一瞬でも考えた自分がまた情けないやらおかしいやらで、彼は思わず苦笑してしまいそうになったが、ゆっくりと相手が腰を動かし始めると、その律動とそこから広がる刺激の波に再び捉えられ、もうそんなことを考えている余裕はなくなった。 「……ん、あ――ッ……!」 変になるくらい、悦い。 こいつ……どうして、こんなに上手いのか。 抱かれていると、もうプライドも理性も何もかも吹っ飛んでしまう。 「……フ、ラ……ガ……っ……」 一心不乱に名前を呼ぶ。殆ど悲鳴に近かった。 呼ぶたびに、相手の熱く息づくそれが、一層深く埋められていく。もはや一片の抗いもなく、むしろ喰らいつくように、積極的にそれを受け入れていた。 これ以上ないというほど、深いところまで呑み込んでしまうと、果てしのない充足感に満たされた。中はもう、ぐちゃぐちゃだ。相手の達する気配に、腰がひくついた。 「……おまえん中……いい――」 フラガの息遣いが、僅かに上がる。囁かれると同時に、 吐き出された熱が、瞬く間に体中に広がり、痺れるような快感が全身を駆けた。 熱い。 熱くて、焼けるようだ。 でも、放さない。放したくない。 このまま、何も考えず、いつまでもこの男と繋がっていたい、という思いに駆られた。 ――今、全身で感じるこの温もりを、二度と放したくない。 一度は永遠に失われたと思った肉体と魂が、今、確かにここに存在する。 交じり合う肌の温もり。熱。汗と体臭の臭い。荒い息遣いと焼けつくような吐息。鼓動を速める心臓の音。 全てが、ここに、存在する。 今、自分の傍で脈打つ命の存在を、改めて噛み締める。 ――奇跡、だ。 そう思ったとき、妙に目頭が熱くなった。いつの間にか、彼は軽い嗚咽に咽んでいた。 「何、泣いてんの?」 「別、に……」 「俺、酷くしたか?」 「――違う……んなんじゃ、ねーよ。馬鹿……」 目を背けようとすると、顎を持ち上げられ、涙の筋を拭う唇の、湿った温かい感触が頬を撫でた。 自分の思いを相手がどこまで感じ取ったのかはわからない。 しかし、宥めるような唇の優しい愛撫が、相手も同じような思いを抱いていることを伝えているような気がした。 自分たちが、今、ここにいる奇跡を……。 「……もうちょっと、このままでも、いいか……?」 返事をする前に、唇が重なり、その後はもう何も考えられなくなった。 コーヒーの匂いで、目が覚めた。 「……起きたか?」 体を起こしたとき、キッチンへ続く扉から現れた男と目が合った。 彼は近づいてくると、両手に持っていたコーヒーカップのうちの一方を差し出した。 ディアッカがカップを取ると、フラガはベッドの上に腰を下ろした。自分のカップを口元に運び、一口啜ると、満足げな息を吐く。 「――んー、やっぱ豆から挽くと違うよな。……どーだ。プラントじゃ、飲めない味だろ?」 「……ん」 プラントのコーヒー専門店では地球産の豆は結構な値がするので、なかなか手が出ない。元々コーヒーなど、あまりこだわる方ではなかったのに、フラガに感化されてすっかり贅沢な味覚に慣れてしまった。 カップに口をつけると、芳醇な香りが鼻腔を刺激した。 「……いいね」 コーヒーの香りにリラックスして、思わず微笑んだ。 「お、素直な答え」 相手のおどけた言い草に、ディアッカは唇を尖らせた。 「――俺、いつも素直だろ」 「そっか?今日は最初っから、やけに反抗的だったよーな気がすっけどね。――あー、でも、ベッドん中は、そーでもなかったかな」 「……フラガっ!」 赤くなったディアッカが睨みつけると、フラガは、はは、と笑った。 「冗談、冗談。怒んなよ」 「あんたの冗談は、笑えねーんだよっ!」 子供のように剥きになって突っかかってしまう自分を、みっともないと思う。そんな自分を軽く受け止め、交わしてしまう相手に、年齢の差を実感する。でも、それは嫌ではない感覚だ。むしろ、そこには不思議な安心感がある。 (俺……やっぱ甘えてんだよな。この人に……) そう思うと、たまらなく気恥ずかしくなるが、相手には気取られまいと、唇を固く引き結んだ。 一度、死んだと思っていた、その広くて逞しい背中を、ぼんやりと眺める。 (死……) その文字を思い浮かべると、思わず身震いした。 慌てて、手の中の暖かいカップを持ち上げる。熱い液体を一気に喉に流し込むと、ほっと息を吐いた。 「――寒いのか?」 気配を察して肩越しに振り返る青い瞳が不思議そうに瞬きした。 「エアコンの温度、上げてこようか」 「いや、いいよ。――服、着るから。それに、もうそろそろ帰んないと……」 まだ自分が一糸纏わぬ姿でいることに気付いて、ディアッカは服を取ろうとベッドから足を下ろした。窓から覗く外の風景も日がとっぷりと暮れ、だいぶ夕闇が濃くなっている。慌てて壁にかかっているデジタルクロックの表示時刻に視線を走らせる。ここへ来てから、悠に五時間は過ぎているのではないだろうか。さすがに、宿舎へ朝帰りというわけにはいかない。誰かに見られでもすれば、厄介だ。急に現実的な問題が彼を気ぜわしく追い立て始めた。 彼が服を着ている間、フラガは黙ったままゆっくりとコーヒーを啜っていた。 沈黙が部屋を覆う。 エアコンの回る機械音と、ディアッカが服を着る気配だけが、室内の静けさを僅かに乱していた。 妙に気詰まりだった。 ディアッカは服を着終わると、ベッドに腰を下ろしたまま、じっと動かない男の横顔を少し離れた場所から、落ち着かない気分で眺めた。何だか声をかけづらい。 そんな風に思っているうちに、不意にフラガの唇が動いた。 「――いつまで、こっちにいる?」 こちらに目を向けないまま、彼は問いかけた。 「……え?――ああ……えっと、来週末――までは……」 急に問われて、ディアッカは頭の中で滞在日数を算出しながら、ぎこちなく答えた。 「じゃあ、もう一回、会えるな」 「え――?」 これまでも、地球に来たときは、一回きりしか会わないのが、常だった。 お互いに脛に疵を持つ身であるし、頻繁に会うのは少しやばいかも、という感覚はあった。ディアッカにすれば特に今更痛くもない腹を探られて、立場を悪くしたくもなかった。何より、自分の立場が悪くなれば、その分イザークに迷惑がかかる。 「……何?もう、会いたくないって?」 我に返ると、フラガがこちらをじっと見つめていた。 冗談のように微笑みかける瞳が、やけに切なく見えて、どきりとした。 なぜだろう。いつもと違う匂いがする。気のせいだろうか。 「……そんなこと、言ってねーよ」 「迷惑そうな顔だ」 「――んなこと、言ってねーだろっ!」 言ってない、けど……。 自分だって、会いたくないわけじゃない。正直、もう一度会えるなら、会いたいと思う。 すっきりそれができる状況ならば……。 そんなことは相手にだって、わかっている筈だ。なのに、なぜ……。 逡巡して立ち竦むディアッカの前に、フラガが近づいてきた。 肩を抱くようにして、体をくっつける。 男の体は、まだじわりと熱を帯びているようだった。 ざわり、と胸がざわついたのは、先程までのセックスの余韻がまだ体に纏わりついているせいだろうか。 「――もう一度、ここに来いよ」 「……けど……」 「いいから、来い。――待ってるから、さ」 穏やかであるが、有無を言わせぬような語調だった。 ディアッカは、何も言えなくなった。 どうして、フラガがこんなに執拗にもう一度会うことを強要するのかがわからず、彼は困惑したが、相手の何かを乞うようなその強い瞳と目が合うと、もうそれ以上拒みきれなかった。 「……待ってるから」 フラガはもう一度、そう言うと、ディアッカの手を軽く握った。 「……わ、かった……よ」 絡みつく指を振り払うこともできず、ディアッカは観念したように返事をした。 フラガの顔に、柔らかな微笑が広がった。 「いい子だ」 指が引っ張られる。 求められるまま、互いにコーヒーの匂いのする息を吐きながら、軽く唇を合わせた。 to be continued... |