Blue Rain (21) 「……フラガ――!」 叫ぶ声を背に受けながらも、一顧だにせず、フラガは歩き続けた。 その時、彼の目の中には、スティング・オークレーの姿は映ってはいなかった。 彼の目に映るもの。それは、自分自身の姿に他ならなかった。 彼は、足を止めなかった。 終焉に向かって、彼は一歩また一歩と、歩を進めた。 自分自身に決着をつけるために。 偽りの生を、今度こそ、確実に終わらせるために……。 手を伸ばせば、相手の肩に届く距離まで近づくと、不意に彼は立ち止まった。 「――来たか」 スティングが歪んだ笑みを見せながら、目の前に立つ男に挑むような視線を向ける。 銃口は、狙いを定めたまま、動かない。 「……俺を撃つか」 フラガは、煽るように両手を広げた。 右肩から滲み出る血の滴が彼の腕に幾重もの紅の筋を引いていくのを見て、スティングは蔑みとも憐れみともつかぬ表情を浮かべた。 「馬鹿だな、あんた……」 唇から微かな溜め息が、漏れる。 「……そんなに、死にてえのかよ……」 「――おまえも、同じだろうが……」 フラガは、低く笑った。 「……いつ、どこで、誰と死ぬか……それを決めるだけのことだ」 「――なるほどね。……で、あんたにとっては、今、ここで、俺と……ってのが、ベストなわけかい」 スティングの声には微かな棘が潜んでいた。 「……本当は、違うんだろうが」 「いや……」 フラガは、穏かに否定した。 二人の間に、束の間の静寂が流れる。 スティングは茫然と、佇んでいた。 引き金を引こうとした指先が、麻痺したかのように、動かない。 「――ネオ。貴様、何を……」 ゆっくりと、男の顔が間近に迫る。 それでも、スティングはその場を動けなかった。 目の前に突きつけられたものを見て、彼は目を瞠った。 「…………………」 「――時間だ。スティング・オークレー……」 そう言うと同時に、フラガの指が起爆スイッチを押した。 ――同じ夢を、見ていた。 いつ醒めるともない悪夢を、繰り返し、繰り返し……。 業火の中で焼かれ、体を幾重もの刃で突き立てられる。 骨が砕かれ、皮膚が炙られ、腐臭が体を覆い、自分はもう既に死んでいるのではないかと何度も錯覚するほどだった。 激痛と、全身を焼かれているかのような熱でうなりながら目を覚ますと、白い手が慰撫するように額の汗を拭う。開いた口から何か冷たい液体を流し込まれ、それを飲み下すと、少し楽になり、再びまどろむ。 熱を帯びた息を獣のように吐き出しながら、現実なのか、非現実なのかわからないまま、差し出される手の中に体を預けていた。 そうして、どれくらいの時が経ったのだろう。 まるで時間から隔絶した世界を漂っていたかのように、全く時間感覚がなくなっていた。 ――目を開けると、不意に白い病室の天井が目に入った。 もう、体は熱くなかった。 音も、感じられる。 現実の世界に戻ってきたのだ。 彼は吐息を吐いた。 ここは、現実だ。 どこかの病室のベッドの上に自分は寝かされている。 しかし、一体なぜ……。 思い出そうとして、彼はふと眉を顰めた。 「………………」 頭が明晰に働くまでに、しばし時間がかかった。 ゆっくりと、手繰り寄せる記憶の断片……。 (確か……あの時、俺――……) 炸裂する爆音と熱風が耳を打ち、地面が大きく揺れ――…… 遠ざかっていく背中が目の前をよぎった時、不意に彼の意識は明瞭になった。 (……そうだ。フラガは……?) フラガは――どこだ? 「……フラガ……っ……!」 ディアッカは慌てて身を起こそうとした。 が―― 「――……………っ………」 ほんの少し動かそうとしただけで、全身を苛む激しい痛みに、声さえ上げることができなかった。点滴チューブが揺れる。顔を上げ、初めてそこにギプスで固定された左足があるのを見て、たとえ体を起こすことができたとしても、一歩たりとも床を踏みしめることは無理だとわかった。がくりと力が抜け落ちて、彼は寝台の上に再びその身を落とした。 それだけの動きで、既に心臓が激しく動悸を打ち、息苦しさすら覚えた。 荒い呼吸が次第に治まる中で、ディアッカは天井をぼんやりと眺めながら、最後に見た風景をもう一度思い起こしていた。最後に見た、彼のあの後ろ姿を……。 (……フラガ――!……) 呼びかける声に、反応はなかった。 ――彼は、一度も振り返らなかった。 遠くなる背中を、ただ自分は手をこまねいて見送っているしかなかった。 一歩一歩、確実に遠ざかっていく、あの背中を前にして、何もできずに俺はただ……。 彼は固く握りしめた拳で、軽く自分の額を打った。 (――なぜ、俺は追いかけて行けなかったんだ……) なぜ、彼を一人で行かせてしまったのか。 彼は、どうなったのだろう。 まさか…… 嫌な想像が膨らみかけた時、扉が開く音がした。 反射的に顔を向けると、扉の前に佇む白い軍服姿の青年と目が合った。 「ディアッカ……!」 イザークは一瞬茫然とした様子に見えたが、すぐに我に返ると、かつかつと軍靴を響かせながら、寝台のすぐ傍まで近付いてきた。 「……イザーク……」 真上から、零れ落ちる銀髪に縁取られた端麗な顔が自分を見下ろしてくる。 「――ディアッカ、俺がわかるか?」 「……あ、ああ……」 睨みつけるように直視されて、罵倒されるかと思いきや、ふとその瞳が緩んだ。 イザークは、安堵の吐息を吐くと、力が抜けたようにがくりと頭を垂れた。 「……貴様という奴は、全く……心配させやがって……っ……!」 「……イザーク、俺――あれから、どうなって……」 「――ここは地球軍付属の病院だ。心配するな。命に障るような傷じゃない。ゆっくり休めば、すぐに元通りに動けるようになる」 「……そう、か……すまない。任務中に、こんなことになっちまって……。――おまえの顔に泥を塗っちまったんじゃないか……」 「馬鹿。くだらんことを心配するな。――今回の件は、本国には、地球軍内で発生したテロ事件として報告している。俺たちはたまたまそれに巻き込まれただけだ、とな」 「…………………」 「取り敢えず、視察は中止だ。帰還命令が出た。プラントへ帰るぞ」 ぼんやりと視線を彷徨わせるディアッカの肩を、イザークは軽く叩いた。 「帰ったら、おまえにはしばらく休暇をやる。ゆっくり傷を治せばいい」 「……イザーク……」 ディアッカは、イザークに沈鬱な視線を向けた。 「……あの、人……フラガは、どうなった……」 「…………………」 ディアッカの問いに、イザークはすぐには答えなかった。 「……イザーク……!」 イザークの顔には、明らかな困惑と、迷いが見えた。 「……わからん」 首を振るイザークに、ディアッカの表情は強張った。 「……――って……どういうことだよ……」 「……あの施設全体に相当量の爆薬が仕掛けられていたんだろう。いきなり爆発が起こったかと思うと、次々に地下から焔が噴き出して、あっと言う間に火の海になった。俺はお前を引きずって、逃げるのがやっとだった。後を振り返る間もなかった……」 イザークの声には余分な感情は入ってはいなかった。ただ、事実を淡々と述べる者の口調で、彼はさらに付け加えた。 「……この三日間、地球軍が捜索を続けているが、まだ現場から何か見つかったという報告は受けていない」 「……………………」 「――ディアッカ……仕方のないことだ。もう、考えるな」 「……何も……見つかっては、いないのか……」 ディアッカは呟くと、小さく息を吐いた。 まだ、骸は見つかってはいないのだ。 ――なら…… 「――助けないと……まだ、今なら、間に合う……まだ、生きてるかもしれない……。どこかで、まだ……」 ディアッカは、縋るようにイザークの手を掴んだ。 「――イザークっ!頼む……俺を、連れて行ってくれ!……早く、あの人を探さないと……!」 「……ディアッカ……」 イザークは宥めるように、握りしめてくるディアッカの手を反対の手で軽く押さえた。 「――悪いが、諦めろ。生きているものなら、とっくに見つかっている」 「そんなこと、わかんねえだろがっ!」 ディアッカは、イザークの手を振り離すと、突然身を捩った。呆気に取られるイザークの前で、激痛を抑え込むように唸り声を上げながら、肘をつき、一気に身を起こす。 揺れる点滴チューブを乱暴に引き抜き、ギプスで固定された足を遮二無二動かす。点滴台が横転し、薬剤を入れたトレイが床に落下し、けたたましい音を立てた。 「ディアッカっ、やめろっ!貴様、何を――」 我に返ったイザークが、止めようとする前に、ディアッカの体はベッドから転がり落ちていた。 「……くそっ!……こんなくらいで……っ……!」 床を這いながら、何とか立ち上がろうともがくディアッカの体を、イザークは必死で押さえつけた。 「ディアッカっ、馬鹿な真似はよせっ!」 「――放せ、イザークっ!」 ディアッカは背後から押さえつけようとするイザークの腕を振り解こうともがいた。 「……早く、行かないと……あの人が……っ――!」 「馬鹿野郎っ!そんな体で行けるわけないだろうがっ!――それに、言っただろう!生存の見込みは殆どない!残念だが、諦めろっ!」 「――簡単に言うなよっ!あの人は、そんなに簡単に死ぬ人じゃねーんだっ!……そんなに簡単に……死んで、たまるかよ……っ!」 「――いい加減にしろっ!フラガを助ける前に、おまえの方が死ぬぞっ!そんなことを、彼が望んでると思っているのか!」 叩きつけるようにイザークは叫んだ。 ディアッカは、振り向くとイザークを睨みつけた。 「おまえには、わかんねーよ!……俺の気持ちなんて……わかろうともしてねえだろうが。……そうさ。おまえは、いつだって、俺のことなんて、何もわかってねーんだよっ!イザークっ、おまえは……っ!」 イザークは、ディアッカの激しい憤りに満ちた顔を見て、愕然となった。 「……ディアッカ……」 「……俺は……俺は、あの人を失うわけにはいかないんだ……やっと、わかったんだよ。俺には、あの人が必要なんだ。あの人は……あの人がいなきゃ、俺……俺は、どうしたら――」 ディアッカは、喉を詰まらせた。感情が異様に昂ぶる。 駄目だ……と思った。 溢れ出す感情を、抑えられない。 「……おまえには、わかんねーよ。わかるわけ、ねえ……おまえなんかに……おま――」 声にならない。後は嗚咽にしかならなかった。 情けない。 俺は、情けない奴なんだ。 彼はイザークから顔を背けると、俯いた。 目頭が熱くなり、知らぬうちに頬を涙が伝う。 泣きたくない。 イザークの前で、こんな風に、情けない自分を晒すのは嫌だ。 しかし、流れ落ちる滴を止めることはできなかった。 イザークが、深い溜め息を吐く音が聞こえた。 蹲ったまま、動かなくなった肩に、慰撫するように触れてくる両の手を、ディアッカはもはや振り払おうとはしなかった。 「――ディアッカ……俺は……確かにおまえの気持ちなんか、何一つわかっていないのかもしれない。だが、これだけは、わかる……」 ディアッカの肩に置かれた手に僅かに力がこもる。 「彼は、少なくとも、おまえを生かそうとしたんだ。そうだろう?……俺だって、怒鳴られたよ。隊長のプライドより、おまえの命が最優先だってな。――あの人は、自分の命より、何よりも……おまえを助けたかったんだ。ただ、それだけだったんだよ。俺にだって、それくらいはわかるさ」 ディアッカはゆっくりと面を上げた。 泣き笑いのような顔が、歪む。 (イザーク……) イザークの不器用な優しさが、胸に痛い。 (……こういう奴なんだ。こいつは……) 俺は酷いことを言ったかもしれない、と彼はふと、軽い罪悪感を覚えた。 「…………っ……!……」 先程まで感じることも忘れていた痛みが突然噴き出すように彼の全身を苛み、ディアッカは思わず呻いた。ほんの少し動かすだけで、叫び出したいような激痛が襲う。 「大丈夫か、おい……ディアッカ?」 イザークが、ディアッカの体を抱え、気懸りそうに声をかけた。 「……っ……う――……くっ……!」 返事もできず、ディアッカは噛みしめた唇の隙間から、ただ呻き声を漏らすだけだった。 「ほら、ゆっくり……俺に掴まれ……。――ったく、無茶しやがって……!」 イザークに抱きかかえられながら、何とかベッドに寝かされた時には、ディアッカは激しい息切れとともに、全身汗だくになっていた。 「……っ……イ、ザー、ク……お、俺――……」 「――いいから喋るな。今、ドクターを呼んでやる」 イザークはディアッカの体から手を離すと、ベッドの上のコールボタンを押した。 それを見ながら、ディアッカは苦しげに目を閉じた。言われなくとも、もはやそれ以上言葉を発するだけの力は残っていなかった。 それからしばらくは、薬で眠らされる日々が続いた。 ようやく覚醒した時には、自分がここに運び込まれてから、一体どれほどの時日が過ぎたのか、全くわからなくなっていた。 ただ、痛みはだいぶ引いており、体も何とか動かせるようになっていた。 カーテンの開かれた窓から差し込む陽光はさほど強いものではなかったが、それでも眠り続けていた目には眩しく感じられた。 (……あれ……?) その時ようやく、自分が最初に気付いた時とは違う部屋に移されていることに気付いた。 窓から見える景色は、地球の青い空の色と樹木の緑を色鮮やかに彼の瞳に投影させる。 (……そうか。ここは、地球だったんだ……) 以前はその違いに気付かなかった。 人工でつくられた自然と、地球の原風景……。 プラントで生まれ育ったディアッカにとって、人間の手で制しきれない環境が存在するということ自体、不思議であり、それを受け容れている地球人の心理は到底理解しがたいように思われた。 しかし、地球の重力圏の中にいる時間が多くなるにつれ、いつしか彼はそんな地球の荒々しい自然環境にも慣れた。 突然降る雨に濡れることさえ、厭わなくなるほどに。 「……雨……か……」 彼方に漂う雲の群れを透かし見ると、彼はぽつりと呟いた。 地球に降り立つたび、変わりやすい天候に翻弄されることを忌々しく思っていた。 しかし、なぜか今……この晴れ渡った空に、あの彼方に流れる雲を呼び寄せたくて仕方がない。 ぽつりぽつりと頬を打つ水滴に、何となく心地良さを感じていた。 そして目を開けばいつも、霞む水煙の向こうに佇む男の姿が見える。 幻のような光景は一瞬で消え去った。 現実に戻り、流れてくる雲をぼんやりと見つめながら、もうすぐ雨になるなと思った。 霧のように降る雨を思い描きながら、確信めいた思いが胸に湧き上がる。 ――生きている。 何の根拠もなく、ただ彼はそう信じた。 (だから、俺はまだここに残って、あの人を探さなければならないんだ……) ディアッカは、そう思うとゆっくりと体を起こした。 少し頭が眩む感じがするが、何とか起きられたことにほっと安堵の息を吐く。 左足は相変わらずだが、歩行用の杖を使えば、何とか歩けそうな気がした。 「――何を考えている?」 不意に背後から声をかけられて、びくっと肩が反応した。 「――イザーク……」 扉の横の壁に背を凭せたままこちらをじっと見つめる相手の姿を認めた途端、ディアッカは罰が悪そうに眉を顰めた。 「……何だよ、いつ入って来た?」 「しばらく前から、ここにいたぞ。――貴様が気付かなかっただけだ」 「……人が悪いな。声かけろよ」 「――そう、だな……」 イザークは静かに笑った。 「何となく、な……」 「――何だよ」 「……俺の声は、今のおまえには届かないような気がして……」 イザークの視線が、ディアッカに真っ直ぐ突き刺さる。 責められているわけではない。 そこにはいつものイザークが見せる感情の激しい昂ぶりのようなものは全く感じられなかった。 ただ、その視線を受けるのが、辛かった。ディアッカは顔を背けた。 「……なっ、何言って――」 「――違うのか?」 イザークに遮られて、ディアッカは言葉に詰まった。 静かに見つめる眼差し。 全て、見透かされているような気がした。 「……ディアッカ、すまん」 イザークは不意にそう言うと、目を伏せた。 意外な言葉に、ディアッカは茫然と相手を見返した。 「イザーク……おまえ……」 「――確かに、俺はおまえの気持ちなんかわかってなかった。わかろうともしていなかった。……おまえをザフトに戻したのも、ジュール隊に入れたのも、全部……俺の意志だ。俺にとってそれが都合が良かったからだ。……おまえが本当にそれを望んでいるのか、本当は何がしたいのか……そんなこと、一度だって考えたことはなかった……」 「………………」 イザークは目を上げると、自嘲するように唇を歪めた。 「……ただ、俺は……怖かったんだ……。――俺がザフトに戻れと言わなければ、おまえはあのまま……足つきの奴らと共に、地球に残ることを選ぶような気がして……」 ――地球に残る……。 ディアッカはどきっとした。 確かにそれは、かつての停戦時に、自分が思い描いた選択肢だった。 「……すまん」 「……謝るなよ。おまえらしくない」 ディアッカは苦笑した。 「今さらそんなこと思っちゃいねーよ。――故郷(プラント)に一生戻れなくなるところだったんだ。おまえには感謝してる。……この間は、俺の方がどうかしてたんだよ。あんなの真に受けるなよ。バーカ……」 そう言いながら、彼の目は窓の外に向けられていた。 青い空は流れてきた雲にすっぽりと覆われ、先程までの明るい日差しは見る影もなくなっていた。 「……イザーク……」 細い糸を引くような雨の筋が微かに降り落ちていくのが見えた。 「――俺……」 彼が言いかけた時、ぽん、と何かが背後のシーツの上に落ちる音がした。 肩越しに見ると、それはザフトのIDカードだった。 拾い上げると、中には地球滞在ビザの延長許可証が挟んであった。 「――おまえにしばらく休暇をやる。体の治療と、あとは……おまえのプライベートだ。好きにしろ」 イザークの言葉に、ディアッカは目を瞠った。 「……本当に、いいのか……」 「――どのみち、プラントに戻るつもりはなかったんだろうが?」 刺すような視線を交わすことはできなかった。 観念したように、ディアッカは頭を落とした。 「――ああ……」 ――除隊しよう、と思ったのは事実だ。 プラントを捨てても、ここに残って、彼を探そう。 ……真剣に、そう思った。 さっきイザークに言おうとしたのは、まさにそのことだった。 イザークはわかっていて、それを言わせないように先手を打ったのだ。 イザークの気持ちはありがたい。しかし本当に自分はそれに値するのだろうか。そう疑問を抱きながらも、ディアッカは敢えてそれ以上何も言わなかった。 (……くそっ……) イザークに迷惑をかけてしまうことがわかっていて、それでも自分の我儘を貫こうとしてしまう。 (……俺は本当に自分勝手な奴だな……) しかし、どうしても、譲れない。 ――これだけは、どうしても……。 雨雲が流れ、再び薄い日が差し始める。 「……全く、地球の天候って奴は……」 つかつかと窓の傍まで近寄ると、イザークはディアッカのすぐ傍らに立ち、窓の外の景色を呆れ顔で眺めた。 「――こんなところで暮らす奴らの気がしれんな」 「そうか?――慣れればそれほど悪いもんでもないぜ」 飄々と返したディアッカをちらと見て、イザークは目を吊り上げた。 「――だから、貴様は馬鹿だというんだ」 「……悪かったな」 「全く、ナチュラル並みの愚か者だ、貴様という奴は……」 イザークは、はあっとわざとらしく溜め息を吐いた。 再び視線を遠くへ這わす。 流れる雲の合間から時折顔を覗かせる、弱々しい陽光に、僅かに目を細めた。 「気のすむまで、探してみればいい。おまえの大事なものを、な」 イザークの横顔をそっと眺めながら、ディアッカは軽い胸の痛みを覚えた。 (……すまない、イザーク……。謝らなければならないのは、俺の方だ……) ――自分が、相手の気持ちを踏みにじろうとしていることを彼ははっきりと自覚していた。 (……俺は……――) 彼はそっと瞼を閉ざした。 (……俺は、もうおまえの元には……戻れないかもしれない……) そう胸の内で吐きだした途端、相手に知られることを恐れるかのように、彼の心は微かに震え――彼はそれきり全ての思考を断ち切った。 to be continued... (2012/03/27) |