Blue Rain (6)
「――よ!」
軽く手を上げて出迎えた男の顔は明るく飄々としていて、最後に見たときの翳りを微塵も感じさせなかった。
バイクから降り立ったディアッカはバイザーを取ると、玄関に佇む相手に険しい視線を送った。
「――何だよ、元気じゃんか」
「あれ、俺、病気だなんて言ってたっけ?」
フラガは仏頂面の相手を見ておかしそうに顔を歪めた。
「いや、それは……」
ディアッカは一瞬返答に詰まった。
確かに、彼はそんなことは何も言ってはいなかった。
自分が勝手に気を回して心配していただけだ。フラガがもう一度会いたい、と言った、ただそれだけのことに拘って……。そう言ったときの、相手の瞳が暗かったことが気になって、何かあるのではないかとあれこれ想像を巡らしただけで。
無論フラガ本人が直接弱音を吐いたわけでもない。
もしかしたら、そんなに気を揉むほどのことではなかったのかもしれない。
いつもと変わらない様子の相手からこうして直に問いかけられると、半時間前まで自分が感じていた焦燥や不安が嘘のように思えてくる。
「おいおい、マジかよ。人を勝手に病人扱いすんな」
黙り込んだディアッカを見て、フラガはからからと笑うと、頭を軽く小突いた。
「……って!何すんだよっ」
「おまえの方が元気ないんじゃねーの」
「……………」
そんなこと……と反論しかけて、少し躊躇う。
確かにここのところ、自分の気持ちが落ち込みがちであったことは、否めない。フラガのことを心配していたのは本当だが、それ以上に自分の方が彼に会うことを求めていたのかもしれなかった。
――もう一度会いたい。
彼が言ったその言葉を、理由にして。
(くそっ……)
何だか自分が酷く格好悪いような気がして、彼は思わず視線を落とした。
「――しっかし、ザフトの士官が乗るにはえらく地味な乗り物だねえ――……何もこんなので来なくたって、連絡くれりゃあ、すぐ迎えに行ってやったのに」
フラガの言う通り、宿舎の駐車場の片隅にひっそりと鎖で止められていたそれは、かなり年代物の旧式の単車だった。
最新型のエアバイクをお貸ししましょうか、と言うスタッフに、いやこれでいい、と敢えてその旧型を選んだのは、あれこれとそこで引き止められて余計な時間を取りたくなかったからだった。
ぐずぐずしていて、他の者にまた好奇の視線を浴びるのも嫌だし、何よりイザークの目の届かない場所へと、一刻も早く脱け出したかった。
実際にエンジンをかけた瞬間、その旧式さに少し戸惑ったが、走り出すとそれほど気にならなくなった。地面を確かに駆けるその感触が全身の隅々にまで振動で伝わってきて、むしろエアバイクよりも走り心地が良い。調子に乗って、最高速度でぶっ飛ばしてきた。
「……っせえな。どうでもいいだろ、そんなこと」
ディアッカはむすっとした顔で答えた。
「第一あんたが来ると目立つんだって。……この間だって、誰かにしっかりチクられてて、大変だったんだぞ」
「この間の、って……ああ?そうだったのか。――で、今日は見張り付き、ってことになったわけか」
「――見張り……?」
フラガの言葉に、ディアッカは眉を顰めた。
「何だよ、見張りって……」
フラガは苦笑すると、軽く溜め息を吐いた。
「――おまえ、全く気付いてなかったのか。つくづくお気楽なお坊ちゃんだなあ……そんなんじゃ、大切な隊長の身辺警護なんて到底できねーぞ」
「……なっ、何言って――」
ディアッカの頭の中は一瞬混乱した。
見張り?……気付いてなかった、って……?一体、何のことを言っている……?
「――尾けられてるよ。ばっちり、な」
フラガの目が猛禽類のような鋭さを見せ、ディアッカの背後を貫いていた。
それを見た瞬間、とうに消し去られた筈の彼の過去、『エンデュミオンの鷹』の異名が脳裏を過る。
「――おまえが来たすぐ後に、確かに別のモーター音が聞こえたからな。こんな寂しい場所を通りかかる車なんて、滅多にないから、おまえがお仲間を連れて来たのか、そうでなかったら、尾けられたか、だろ?」
都心から離れた山間にある、この元山荘を改造した『隠れ家』は、軍を離れてひっそりと暮らす彼にはうってつけの場所だった。
来るにはいささか不便な場所だったが、これまでもディアッカは、エアタクシーなど公共の乗り物を使うことは極力避けた。フラガは何も言わなかったが、あまりこの場所を公にしてはいけないという本能的な警戒心が先立ったからだった。
表立っては何の兆候もないが、彼の過去の事績と経歴を考えれば、やはりまだまだ彼はこの世界の中では、VIPたる人物だ。彼の存在を知れば、その命を狙おうとする者が出てくる可能性は高い。しかもザフト士官である自分が彼と繋がっているなどと知られれば……。
考えていると、嫌な想像は後を絶たない。だから、いやでも用心深くならざるを得ないのだ。
なのに――。
――尾けられた?
ディアッカは呆然と立ち竦んだ。
どうして、そんな……
自分の迂闊さに、言葉を失う。
そんなことは、考えもしなかった。
最初の頃に比べて、ここしばらくは、こんな風に彼と会うことに、少々慣れすぎていたのかもしれない。
イザークとやり合って、憤然と宿舎を出た後、バイクに跨り、イライラを吹き飛ばすように全速力で飛ばしてきた。
その間、後を尾けられていないだろうか、などと言う考えは微塵も浮かんではこなかった。
(確かに俺……何も気にしてなかった……)
しかし、一体誰が……。
フラガの目の光が不意に和らぐ。
「ああーあ、おまえ、相当心配されてるんだなあー。上官自ら乗り込んでくるなんて、さ……普通ありえねーぞ」
それを聞いた瞬間、振り返るより先に頬が熱くなった。
(――な、に……)
(――ちょ、待てよ……)
足音が耳を打つ。
軍靴ではない。軽い革靴の音だ。その音は耳に馴染んでいる。さっきまで、宿舎で聞いていたではないか。プライベートで履く、彼のお気に入りの……。
「――イ、ザー……ク……?」
振り返った彼の前に、銀色の髪の澄ました顔の青年が近づいてくる姿が目に入った。
「……ほーら、『お姫さま』のお出ましだぞ。何とかしろよ」
「フラガっ!」
こっそり横から囁くフラガを、頬を赤らめたディアッカが恨めしげに睨みつけた。
「てっめ――余計なこと言うなって!」
二人きりの時にからかい半分に使われていたその呼称を実際に本人のいる前で持ち出されて、ディアッカは焦った。
イザークに聞こえたら……と一瞬ひやりとしたが、それが聞こえなかったのか、それとも聞こえていたとしてもどうでもよかったのか、相手は全く意にも介さぬように、ずかずかと二人のすぐ前までやって来ると足を止め、そこに佇む二人に無遠慮な視線を投げた。
ディアッカに、次いでその傍に立つ背の高い男を値踏みするように一瞥すると、彼は軽く息を吐いた。
「――なるほど。これがおまえのプライベートか。……ディアッカ・エルスマン」
イザークの声が、黄昏の気配を漂わせた空気をさらに冷たくする。
その口調から、もはや逃れようもないことを悟って、ディアッカは言い訳をすることを諦めた。
開き直ると、彼は改めて相手と向かい合った。
「――部下のプライベートを覗き見るなんて、趣味悪くねえ?――イザーク・ジュール隊長」
言いながら、自分でも驚くほど体内の温度が下がっていくのを感じた。
――俺は、今までこんなに冷やかな瞳で彼を見つめたことがあっただろうか。
ディアッカは自分自身の内側でゆっくりと進行しているそんな感情の変化に戸惑いを覚えた。
こちらを見つめるイザークの瞳が不快気な閃きを見せた。冷静を装ってはいるが、相手の感情を読み取ることは容易い。特にイザークは、自分の気持ちを隠すのが人一倍不得手な奴だ。子供の頃からその点だけはいつまで経っても変わってはいない。
「……俺は今、隊長としてではなく、おまえの友人としてここにいる。誤解するな」
「……で、そのダチの後をこっそり尾けてきたってわけか。おまえ、ストーカーかよ?」
嫌味たっぷりの口調に、『ストーカー』という最後の言葉がことさらイザークの癇に障ったようだった。忽ち彼は秀麗な眉を一気に吊り上げた。
「スッ――?……ストーカーとは、何だっ!――貴様が本当のことを言わないからだろう。好きで尾けてきたわけじゃない!」
「プライベートだぞ!おまえに全部言う必要なんてねーだろ?」
思わずディアッカの口調は荒くなった。
イザークの目も険しくなる。
「だが、隠す必要もないだろう。何も後ろ暗いことがないんならな!……俺には他人のプライベートに首を突っ込むような悪趣味はない」
「後ろ暗い、ってどういうことだよ。そっちが勝手に思い込んでるだけだろ?言っておくが、俺は何も疚しいことなんかしてねーからなっ!」
「なら、何で俺の制止を振り切って出て行く?」
「だから、おまえにそんな権限はねーって言っただろうが?自分でもついさっき言ったよな?隊長としてでなく、ってさ。――都合のいいときだけ、友人ヅラすんなよ」
「――何だとっ……!」
「――まあまあ、取り敢えず、中に入って話したらどうだ?こんなところで睨み合ってたって仕方ないだろう?」
苦笑しながら口を挟んだフラガに、すかさずイザークは鋭い視線を投げた。
「……やはりあんたか。――元地球連合軍の大佐殿」
おや、という顔で飄々と見つめ返した相手を見て、イザークは全てお見通しだと言わんばかりに、つんと顎を聳やかした。
「とぼけようったって、無駄だぞ。……ネオ・ロアノーク大佐。それとも、ムウ・ラ・フラガ大佐、と呼んだ方がいいのか」
すらりとフラガの二つの名をフルネームで口に出したイザークに、ディアッカが目を瞠る。イザークの頭の中に、フラガの名がしっかりと刻み込まれていることを突然彼ははっきりと認識した。
「……そうだなあ……取り敢えず今は、ネオ・ロアノークは勘弁してもらいたいな。――それと覚えていてもらえて光栄なんだが、残念ながら今はただの退役軍人なんでね。その『大佐』ってのはなしにしてくれ」
気軽に話しかけるフラガを、イザークはにこりともせず、淡々と見返した。青い瞳が強い光を放ちながら、挑むように相手の姿を映す。
「――では、ムウ・ラ・フラガ。……あんたが、ディアッカを誘ったんだな。この間も、その前も……。こいつが地球に来るたびに、こんな風に――」
「よせよ、イザーク。おまえには関係ないだろう」
フラガに責めるような言葉を向けかけたイザークを、ディアッカは突如遮った。
「関係なくはない。おまえの身分に関わる大切なことだ」
身分と、それに下手をすれば命に……。本当はそう言いたかったのだろう。イザークの目は真剣だった。
「あんたと関わるのは、こいつにとって好ましくない。いくら今は退役しているとはいえ、あんたは元連合軍上層部に所属していた人間だろう。それくらいわかっている筈と思うが」
「――まあ、な。そんなことは、わかってるよ」
「それなら、話は早い。――悪いが、これ以上こいつに関わらないでやって欲しい。ただでさえ、ザフトの中では目をつけられているんだ。何かあれば、俺も庇いきれなくなるかもしれない」
「イザークッ!」
ディアッカはたまらなくなって遮った。
「てめっ、勝手に話つけんなって……これは、俺とフラガの個人的な――……」
しかし、ディアッカはその先を続けることができなかった。
(俺とフラガの個人的な……?)
――自分は一体何を言うつもりだったのか。
これまで自分がここに来て、フラガと何をしていたのかを思い出すと、ふと冷や汗が出そうになった。
イザークの冷えた目が、突き刺さすように彼を直視している。
「……その、俺とフラガは……」
「――何だ」
「………………」
友人として……。
一時的にとはいえ、かつて同じ艦に乗って、共闘した仲間として……。
いろいろな言葉が頭の中を通り過ぎては消えていく。
何を言っても、白々しい気がした。
(……そういえば、俺たちは……何なんだ……?)
突然、自分の中におけるフラガの位置がわからなくなった。
そんな自分を見ているフラガの視線を間近に感じて、彼はふと目を動かした。
フラガの顔を見て、どきりとする。
男のその怖いくらい無機質な表情に、心臓が撥ねた。
慌てて彼は目を前に戻した。
「――とっ、とにかく!ここへは、俺が自分の意志で会いに来ただけなんだから!……この人を責めんなよ」
「ではその自分の意志で、彼と会うのは今回限りにしろ」
「……………!」
イザークの命令然とした口調に、ディアッカはむっと口を開きかけたが、彼が反論する前に、フラガが再び口を差し挟んだ。
「まあ、まあ、だから、さ……取り敢えず続きは中へ入って話しなって」
そう言いながら、フラガはディアッカと、それにイザークの背を軽く押して促した。
フラガの顔は元の明るさを取り戻していた。
それを見て少しほっとしながらも、ディアッカはフラガの呑気な言葉に眉を上げた。
「おっ、おい、あんた、何考えて――」
「――でなきゃ、来た意味ないだろ?二人とも、さ。……さっさと中入れよ。時間が勿体ない」
そうしてフラガは半ば強引に、睨み合う二人を屋内に引き入れた。
挽きたてのコーヒーの香ばしい匂いが室内に立ち込めている。
普段ならゆっくりとソファで寛いでいる筈が、今日ばかりはどうも居心地が悪い。
(くそっ……何でイザークまで……っ!)
奇妙な緊張感に支配された部屋の中で、気詰まりな沈黙が流れる。
コーヒーを運んできた後、フラガは気を利かせたつもりか、さっさと部屋を出て行った。
その結果、こうしてイザークと二人きりで向かい合い、ソファに座り込む羽目になった。
何を、どうしたらよいのか、わからない。
この部屋の中に入ってからというもの、イザークは一言も口を開こうとしなかった。
ディアッカもまた同様で、何を言えばよいかもわからず、むっつりと黙って俯いていた。
いつもは美味いと思うコーヒーも、あまり味がしないが、コーヒーを啜る以外、間がもたない。
「……何で、奴と会う?」
ぽつりと呟かれたその唐突な相手の問いに、ディアッカははっと我に返った。カップを唇から離すと、目を上げる。
イザークは俯いてコーヒーを啜っていた。表情は見えない。
「何で、って……」
ディアッカは戸惑った。
「……まあ、その、いろいろと……」
「――本当に、プライベートというだけなんだろうな」
その言い方にディアッカは再びむっときた。
「当たり前だろうが!他に何があるってんだよ」
「ザフトの機密事項が知らぬ間に外に洩れているなんてことがわかれば、おまえだけでなく、俺の首まで吹っ飛ぶ。しかも悪くすればプラント全土の危機に発展する恐れも……」
「ちょっ、ちょっと待て!そんな大げさな……」
「大げさなんかじゃない!――それだけ大事な立場にあるんだよ、俺たちは……。貴様にはその自覚がない!」
イザークの瞳が鋭くディアッカを睨み上げた。
相手の主張の正当さにやや圧されながらも、ディアッカは何とか抗弁の口を開いた。
「――言っとくが、俺たちはただ会って、メシ食って,話して……ただ友人の付き合いをしてるだけなんだぜ。誤解するなよ」
「……ただの友人、か」
イザークはふ、と口元を緩めた。
その笑みが、ディアッカには気に入らなかった。
「何だよ」
「――いや、別に」
イザークは静かにコーヒーを啜った。
「……まあいいさ。どうせ俺にはわからないんだろうからな……」
どことなく拗ねた物言いだった。
ディアッカは少し良心の呵責めいたものを感じた。
イザークに隠し事をしているという意識はあった。最初はそんなつもりはなかったのに、フラガと会う回数が重なるたびに、だんだんイザークには話せないと感じるようになった。
自分のことを心配しているイザークに悪いと思わないわけではない。
ただ……。
フラガとの空間に踏み込まれたくない、という思いがイザークの干渉に対する苛立ちを募らせた。
「……ったく、何でついて来たんだよ。ここは誰にも知られたくなかったのに……」
「だったら、最初から会わなければいいことだろう」
「……だから、それは俺のプライベートだって言ってるだろうがっ」
ディアッカは心底うんざりした顔で吐き捨てた。
「……プライベート時間に誰に会おうが、俺の勝手だろう」
「相手が『彼』以外なら、な」
イザークはむっつりと言い返した。
「……とにかく、こうしていても時間の無駄だ。――行くぞ」
テーブルにカップを置くと、イザークは立ち上がった。
当然のように、一緒に来い、とディアッカを目で促す。
しかしディアッカはそれを無視した。
「ディアッカ!」
動こうとしないディアッカに、イザークが怒りを滲ませた声で呼びかける。
「――俺はまだ帰らねーよ」
ディアッカは冷めた目で、そんな相手を軽く一蹴した。
「……貴様、何を――」
「だから何度も言うけど、プライベート時間まで拘束されたくねーんだよ!」
「これはそういう問題じゃないっ!」
イザークは怒鳴った。
「じゃあ、何が問題なんだよっ!」
ディアッカも興奮気味に言い返すと、立ち上がった。
テーブルを回って、イザークの傍まで来ると、正面きって睨み合う。
「……何が不満なんだ、貴様は……」
「……不満……?」
イザークの問いに、ディアッカは目を瞠った。
(何が不満か、って……)
その瞬間、不意に自分の頭の中で、何かが弾けたように感じた。
目の前に佇む男の取り澄ました美しい顔を見ていると、何ともいえない気持ちになった。
こんなに近くにいるのに。
手を伸ばせば届くくらい、いつも近くにいるのに、こんなにも遠く感じるのはなぜだ。
「……ディアッカ……どうした?」
ディアッカの様子に不審を感じたのか、イザークは軽く首を傾げた。
その無防備な動作がまた彼を苛立たせた。
どろどろとした感情が溢れ出す。
(……わかんねーのかよ……っ……!)
くそっ、と胸の内で毒づく。
噴出する感情に抗しきれず、思わずイザークの胸ぐらを掴んでいた。
「……………っ!」
イザークの顔に浮かぶ驚愕の表情を無視して、そのままソファーの上に押し倒す。
「……きっ、さまっ!何を――……っ」
ようやく我に返った相手が抵抗し始めるのを、力で押さえつけた。
もがく四肢を強く押さえながら抵抗を封じ込め、相手の体の上に馬乗りに跨った。
「……よせっ……ディ――アッ……――」
叫び出そうとする口を掌で封じ、全体重を相手の体にかけた。白い首筋に唇をつける。驚くほど柔らかく、綺麗な肌に、獣のような荒々しい欲望が湧き上がる。
空いている手がシャツを捲り上げ、その下の素肌をゆるりと撫でた。触れた突起を弄ると、相手の体がぴくん、と小さく撥ねる。
相手の激しい動悸と熱を帯びた体温が生々しい。
(これ、が……)
しかし――……。
興奮しながらも、一方で、恐ろしく冷めた自分自身がいることに、突然気付く。
――これが、俺の欲しかったものなのか。
そう自問した瞬間――
興奮が一気に去っていく。
(……俺は、何をしているんだ……?)
引いていった欲情に取って代わったのは、凄まじいまでの自棄に近い感情だった。
(……なぜ、俺は……)
――俺が、欲していたもの。それを俺は手に入れようとして――
(――いや、違う!)
突然、もう一人の自分がそれを強く否定した。
――違う。これは、単なる暴力だ。
自分はただ、イザークを傷つけようとしているだけだ。
どうしても自分の手に入らないものに対する焦燥が苛立ちへと変わり、そして最後には凶暴な衝動へと駆り立てられたのだ。
自分を支配し、上から見下ろすあの美しく倣岸な顔を自分の前に這い蹲らせようとする。ただそれだけのために――。
そんな風に考える自分自身に驚く。
(まさか、俺は……イザークを、屈服させたいのか……?)
自分の中にずっとわだかまってきた、もやもやとした感情が今はっきりと目の前で形をとり始めている。
(……そんな……俺は、そんなことは……)
ザフトに戻り、緑色の軍服を着たあの瞬間から、こいつの支えになろうと決めた筈じゃなかったのか。
自分で自分の気持ちがわからなくなった。
――少し考え込んだ隙に力が緩んだのか、相手の抵抗が強くなり、二人は取っ組み合いながら、ソファーから転げ落ちた。
顔を思いきり殴られ、一瞬目の前が暗くなった。
唇が切れ、口の中いっぱいに鉄の味が広がった。
よろめきながら起き上がると、相手もよろよろと立ち上がったところだった。
(……あ……)
我に返った途端、先程自分がしようとしたことのおぞましさに、吐き気がするほどの自己嫌悪に駆られた。
(――俺は、一体、何を……)
なぜ、自分は……。
「……イザー、ク……」
「………………」
彫像のような顔には、何の感情も垣間見えなかった。
彼がディアッカをまともに見たのはただその一瞬だけだった。
ふい、と背けられた面は、二度と相手に向けられることはなかった。
「――先に……帰る」
乱れたシャツを直すと、彼は振り返ることもなく、部屋から出て行った。
ディアッカは床に座り込んだまま、呆然とした表情で、相手が出て行った扉をいつまでも見つめていた。
to
be continued...
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